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こんな勇者初仕事、いやでした





レスティナの里で剣を賜った翌日。あと少しで王都につくという所で

お空ですごく大きな閃光がきらめいて世界中に数多の小さな流星が落ちた。


あ、これかな?


私は何も知らずそんなことを思いました。

里の外でジークさんから剣と一緒に手渡されたものがあったのです。


「勇者の力の使い方への、俺なりのアドバイスが書いてある」


「え、ほんとうですか!?」


飛びつくように受け取ろうとした私に、

けど渡さないとするようにその封筒は高く掲げられた。

あっ、ひどい。背が少し高いからってまた!

このっ、このっ!


「落ち着け、あと今すぐ読むな。

 明日か、遅くても明後日には空に目立つ合図を出す。

 それまで読むんじゃねえぞ?」


「は、はい」


強く、どこか必死な様子に私は頷いてました。

はっ、それぐらいの我慢もできない子だと思われてる!?

それぐらいなら私だって待てますよ!

そりゃ確かにご飯つまみ食いした事は数知れませんでしたけど。


とにかく。

そのまま封筒を受け取って、私は王都への帰路につきました。

だから本当にこれだと思ったんです。

さすが勇者さま、やること派手だ、なんて。

指示通りに封筒を開けて手紙に目を通すと、愕然としました。




「………………ジークさん」




それならそうと先にいってくださいよ!





「わたし…………エルフ語なんて読めません!!!」



どこまでも意地悪な人です。

ですが内容は読みたい。なので私は悩みました。

これを読めるのはきっとエルフの方だけです。

王都で報告をして、いるかもしれないエルフを探すか。

あるいは来た道を取って返して、レスティナの里に行くか。


「…………力の使い方って、重要ですよね?」


誰に、というわけでもなく呟いて。

いもしない見張りを気にするように周囲を眺めて。


「いざ、再びレスティナの里へ! ジークさんのご飯を食べに!

 じゃなかった!! これ読んでもらわないと、うん。それが目的よ私!」


言い聞かせるようにそんなこと口にして、

けど私は逸る気持ちを抑えられずに全力で里へと駆けていきました。

勇者パワー万歳です。でも里に近づいた辺りで急に疲れちゃったんですけどね。

やっぱりまだ使い方がわかってないようです。

けど、おかげで歩けば一日かかった距離を三時間!

ちょうど晩御飯時です。ご一緒に、ってダメダメ、ティア。

まずは使い方、使い方からよ!


意気込んでレスティナの里に入ります。

あ、剣はきちんと外にある関所みたいな所に預けてきました。

そこのヒトもエルフで私の事情を知っているので安心です。

忘れ物したって嘘ついちゃったけど、ジークさんのせいですからね!

さて、昨日の今日で戻ってくるのは恥ずかしいので、


「ん、お主は!?」


といった所でいきなり見つかっちゃいました!?

それも今まで一度も見たこともないおじいちゃんぽいエルフです!

まずはこっそりジークさん家にと思ってたのに!


「あ、ああっ、わ、わ私は怪しいものではないのです!

 実は忘れ物、じゃなくてジークさんの手紙が、でも読めなくて!」


慌てて何をいってるのか自分でもよくわかりませんでしたが、

そのエルフのおじいさんはいきなり私に詰め寄ってきました。


「ジークからの手紙じゃと!?

 娘、いいからそれを早くだすのじゃ!」


強い叱責のような声に反射的に渡してしました。

ううっ、昔からおじいちゃんの声には弱いのです。

よく叱られてましたから。

ごめんなさい、もうお髭で遊ばないから許しておじいちゃん!


「………………………」


ハッ!?

いけない。いけない。

つい昔のトラウマが再燃してました。

けどちょうど良かったかもしれません。

トラウマじゃなくて、エルフさんと会えたことですよ?

どのみちエルフの誰かに読んでもらわないといけませんからね。

なんてことを思いながらおじいちゃんが読んでいるのを黙って見てました。

うん、よく見るとこのおじいちゃんも美形だなぁ。

難しい顔してなきゃ、おじいちゃんにも見えないかも。


「これは、お主あての手紙じゃな」


「はい!

 ジークさんに空に合図が出たら読めといわれたんですが、

 中身が全部エルフ語で、困って戻ってきちゃいました」


今度は落ち着いて、事情を説明できました。

それを聞いたおじいちゃんは何やら訳知り顔で頷きます。

そっか、もう読まれちゃってるんだよね。

参った。自分の力も使えないダメな勇者だと思われた、かも!

いえ、実際そうなんですけど!

わぁっ! 恥ずかしい!!

なんて見当違いなことを考えていた私に、

おじいちゃんはその場で内容を翻訳してくれました。


「……………………え?」


中身は力の使い方じゃなくて、ジークさんの半生と勇者の戦いの裏の話。

そしてこの5年間この地で行っていた畑仕事の本当の意味でした

色んな衝撃的な話に私の頭は全部をうまく受け止められません。

ただ分かったのは、あの人が行方をくらましたのは神様にケンカ売るためで

さっきの光と流星はきっと天界の消滅と、堕ちてきた神。

その証拠のように、良く見れば巨大な木が里にありました。

外からだと里の結界に阻まれて見えていなかったのです。

そしてジークさんを天界に連れて行った木は、もう上半分が朽ちています。

現代では生きられない古代種を豊富な土壌で強引に急成長させたから。

あれは最初から“行き”だけにしか使えない手段なのだそうです。

その意味は、バカな私でもわかって、しまいました。


「それじゃ、ジークさんは…………戻って、こない?」


「……ヒトの体ではあの高さからの落下には耐えられん」


遺体すら、残らず燃え尽きるか。

よしんば残っても落下の衝撃で粉々に吹き飛ぶか。

おじいさんは恐ろしいことをけど悲しげに呟きます。

責める言葉なんて、出るわけありません。

誰よりこのヒトが悲しいのだとわかってしまいますから。


けど、その時でした。


朽ち果てた木。

まだなんとか残っていたその下半分。

そのそばを何かが通過したように見えました。

まだ私の体には勇者の力が残っているようです。

すごい高さにあったそれの落下に誰よりも先に気付きました。


「ど、どうしたのだ娘よ!」


おじいさんの声を聴かずに、気付けば私は走り出しています。

予感があったのです。落ちてくるモノがなんであるか。

うまく落下地点真下にギリギリ先に到着した私はそのまま両手を掲げた。瞬間。


「んんんんぅぅぅっっっ!!!???」


とんでもなく硬い感触と何もかも吹き飛ばす衝撃に身体が揺れます。

お願い。あと少しでいいから勇者の力を使わせて!!

必死にそれを、きっと誰でもないこの世界のすべてに祈って。

いまは冗談でも神さまに祈ってはいけないと思って。

衝撃が通過したのはたぶん一瞬で、けどすごく長い一瞬でした。

上空から落下してきた金属の球体を私は受け止められました。ぶい!


「はぁはぁはぁ………なんとか、なったぁ……」


途端に勇者パワーは抜けきってしまったように腰を抜かしましたけど。

手にはまるで火傷のようなあとと小さな切り傷がありましたがそれはあとです。


「娘よ、なにが……これは!?」


「ジークさん? いるんでしょジークさん!?」


わたしはどうしてか。その球体の中に彼がいると思いました。

ですがいくら声をかけても反応がありません。

なら叩き壊してでも、と手を振り上げた時球体は崩れました。

いえ、正確にいうならすごくびっくりしたことに。

硬い金属の球体は、なぜかジークさんのクワの形になったのです。


「聖剣ナナシバ、お主………そうか。届けて、くれたのか」


「あ、良かったジークさん!」


何か聞き捨てならない単語を聞いた気がしますが無視です。

今は球体に守られていた彼を、本当に世界を救った勇者さまを休ませ────


「…………ジークさん?」


───ひどく、心が落ち着いていく自分が、怖かった。


だって横たわるジークさんの顔には、色がありませんでした。


「う、嘘ですよね?」


生気もまるで感じられません。


「無敵の勇者さまなんですから、高い所から落ちたぐらいで」


私は職業柄、ヒトの■■はよく見ています。


「冗談やめてくださいよ……」


だから見間違ってほしかったのに分かってしまった。


「わたし、バカだから引っ掛かちゃいますよ?」


触れても、熱がないんです。


「何度もわたし、またねって言ったじゃないですかっ……」


息をしてないんです。


「あっ、そうだ、わたしお腹すきました!」


脈も、ないんです。


「今日もおいしいご飯作ってください!」


彼の肉体はそこにあっても


「ほら、また呆れた顔して笑ってくださいよ!」


彼の命と魂はそこにありませんでした。


「このタダ飯食らいって、言って………ジークさぁんっっ!!!」





  ──っていろいろいわれてもお前じゃ混乱するだけだろうがな。

  悪いな、せっかく勇者になれたのにすぐに終わらせちまって。

  まあ、お前ならすぐに立ち直ってどうにかなるさ。そこは心配してねえ。

  俺の死にも、別段お前がなにか思う必要はない。むしろ悪いと思ってる。

  これは妻ひとりも守れなかった男の勝手な行動だ。これからの世界は

  きっとややこしいことになるだろう。その中でお前の命が次につながる。

  そんな生き方ができることを祈っている。なんて、らしくないか。

  とりあえず楽しかったよ、お前と過ごした最後の数日間の出来事は。

  レスティナの秘伝レシピを、まさか誰かに振る舞えるとは思ってなかったし。

  できればその味を、あいつが繋いだ味と命を忘れないでくれ。

  それが、俺がお前に望むただひとつの願いごとだ。

  嫌な思い出ばかりだったけど二代目が食いしん坊バカで良かったよ。


                                ジーク  』







それから三日後。

ジークさんのお葬式はエルフの里総出で行われました。

たくさんのヒトが来ましたよ。泣いてるヒトもいっぱいです。

私なんか隅っこでわんわん大泣きしてましたけど、不思議と怒られませんでした。

ジークさんの遺体は奥さんであるレスティナさんのお墓の横に埋葬されました。

エルフは土葬が基本です。大地に還る。その生き方を貫くために。


「…………落ち着いたかの。娘」


「しゅみません……大泣きしてしまって。しめやかな席だったのに」


「よい。おかげで変な我慢せずに皆も泣けた。ジークの父として礼を言う」


お父さん。その言葉を私はもう驚かなかった。

たぶん私のなかでもとっくにジークさんはエルフのひとりだったから。


「……これからどうする娘よ。

 すでに世界各地では自称神とそれを肯定するモノ、否定するモノ。

 ヒューマンと魔族の戦争。解決すべき問題は変わらず、

 なのにされど問題は増えてしまった世界で。

 もはや名ばかりの二代目勇者になってしまったお主はいったい……」


どうするのか。


「そこまで考えてなかったです。ただ悲しくて……」


レスティナさんの想いとジークさんの想いを考えれば考えるほど。

涙は止まらなくて、ふたりとももう亡くなってることを思えばもっと悲しくて。

私達が勝手に勇者様とはしゃいでいた裏で、そんなことになってたなんて。


おうちのベッド、小さかったけどダブルでした。

食器とかみんな二人分で。片方は女物でした。

ジークさんはずっと薬指に指輪をはめてました。

あれだけみんなから慕われてたのに一人暮らしでした!

あの家は本当はふたりが結婚生活をするための、

幸せな日々を過ごせるはずだった場所!


もっと早くに気付いて、

いたとしても、何ができたかなんてわかりません。

それでも、なんとかしたかった!


「わたし、何ひとつお礼できなかった……」


たくさん美味しいご飯作ってくれたのに。

味を覚えてくれるだけでいいなんて。ひどいよ、そんなの。

これから何を食べたって、あんな美味しいの忘れられるわけないのに!

レスティナさんが残して、ジークさんが再現した味なんだから!


え?


「……………ふたりのご飯?

 あ、おじいさん! レスティナさんのレシピって残ってるの!?」


「う、おっ、ま、まあレシピそのものは残っとるが?」


「それだ! そうすればいいんだ!

 お願いですおじいさん! 私にふたりの料理を教えてください!!」




────これがのちの世に語り継がれることになるある料理人の出発点



    クワを担いた女勇者が作ったその料理はやがて伝説になる────







「…………お主、目玉焼きもできぬくせによくいうたのぉ」


「ああーん! どうしてすぐ焦げちゃうの!?」



その道のりはかなり、とても、とんでもなく険しかったけれど。





ここで終わっても良いかと思ったんだけど。


蛇足といわれてもいいから次話を書きたかった。



ちなみにジークの手紙には姫とか教皇の暗殺うんぬんは省かれてる。

最初は正直に書こうと思ったんだけど。

「あいつどっかでポロっと喋って国とか教会に狙われたりしないだろうか?」

と不安視したジークがそのへんは削っています。

余計なこと喋って共犯とか協力者とか思われそうだ、と。

でもそれ以外はきちんと書いてある。


なので後世においては姫と教皇の死は「地罰」と伝わっている。


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