次に会う時は何をご馳走してもらいましょう?
冒頭、このお話の中では唯一の残虐シーンがありますので注意。
流血はないんですけど、ひとによっては、うん。
〈ドジッちゃった……て〉
〈ごめんね……て〉
〈魂だけは、ずっと一緒だから……て〉
その遺言を聞いた時の感情が何なのか俺には分からなかった。
即座に復讐に走らなかっただけ理性的だったのか。
それともそれを思う余裕すらないほど悲しみにくれていたのか。
気付いた時にはもう俺はいろんな準備を終えて、
どっかの国のなんとかという女の部屋に入り込んで、
殺さない程度の力加減でそいつの首を絞めて持ち上げていた。
なぜですか、ゆうしゃさま
無駄な飾りばかりの服を着た女は苦しみながらも何故と問う。ふざけていた。
助けを求める声も出していたがとっくに全員俺がまいた眠り粉でおねんね中。
やろうと思えば一瞬で、素手だけでこの首を握りつぶせるが、
果たしてそんなことでこいつの罪が許されるものだろうか?
「なぜ、だと? これはおかしなことをいう。
お前はわかってるはずだ。これはすごく単純な話。
妻を殺された男が、その復讐にきただけだ!!」
少し、感情を込めただけで女は怯えたように震えだす。
そして違う違うと小さくも必死に首をふる。
あれは、まぞくが
ふざけている。
魔族討伐に乗り気でなくヒューマンの味方ではない俺を。
何かあれば即座にその刃をこちらにも向ける可能性のある俺を。
その方向に走らせるために、この女にいたっては俺を手に入れるために。
身近にいる“妻”という立場だったエルフの女は殺された。
寿命でも戦いの中でも、誰かが生きるためでもない。
ただ魔族の仕業にみせかけ俺を復讐に走らせたいがために。
妻さえいなければ“勇者”が手に入れられるという妄想のために。
なんてくだらない理由。なんて命を粗末にする理由。
到底、納得などできる理由ではなかった。
「俺は最初から知っていたよ。目撃者がいたんだ。たくさんね。
おかしいと思わなかったか。今際の際にあいつが発した言葉は
お前たちへの呪詛でも命乞いでもなく、俺への謝罪と誓いだった。
それで俺には確実に伝わるとあいつは知ってたんだ!」
あの日、俺は強力な魔族との戦いが長引いて軍の拠点に戻れなかった。
始めから強い相手とわかっていたこともあって彼女には残ってもらっていた。
そうなると見越してだったのだろう。この女は慰問として訪れた。
俺がそばにいない時は気を付けろといっていたが、
相手が自分の立場を利用してエルフの族長の娘として話したい事がある。
そういわれては彼女に断ることなどできなかった。
罠にかけられ、こいつの手の者によって無残に殺された。
俺が戻ったのはその死を魔族の仕業に偽装された直後。
「お前らが何かごちゃごちゃ言ってたけど俺は何も聞いてなかった。
目撃者が全部教えてくれたからな!
飾られた花が、テーブルが、イスが、服が、あいつの身体が、
あいつが死んでも離さなかった安っぽい指輪が!!
あいつの中で、生まれることさえできなかった小さな命が!!」
彼女の最期を、俺に伝えたかった言葉を伝えてくれた。
「俺にはそういう奴らの声を聴く力があるんだよ。驚いたか?」
首を締め上げられているのとは別に顔が一気に青くなる。
いい気味だという暗い感情とこんな女にという怒りが燃える。
「あと教皇とやらも教えてくれたよ。
共犯だったんだろ、お前ら………少し脅したら全部喋ったよ。
まあ、全部聞いたあとはお前らの望む通り復讐してやったがな」
そこまで教えてやれば苦しげな悲鳴をあげて手足をばたつかせるが無駄。
勇者の力を持つ相手に心得もない女の抵抗など無いに等しい。
「安心しろ、すぐには殺さない。そんなくだらない事で命を奪った報い。
たかが一回の死で済むわけがない……済んでいいわけあるか!!」
感情のまま女を壁に叩きつけるようにして放り投げる。
無論、痛みを感じる程度でたいしたケガなどさせない力加減で。
この絶妙な加減を会得するのに実行犯全員を実験台にしたがな。
「起きろ」
荒事に慣れてないのだろう。痛みと息苦しさでまともに動けない女。
そいつの髪を掴んで無理矢理起こすと目の前に一つの植物の種を見せた。
「これはゴドクの実という人体には有害な、表向き滅んだ植物の種だ」
ヒューマンの生活圏からは徹底的に消されたこれもエルフの森にはまだある。
植物の声を聴ける力のために俺は学者より自然のそれらに詳しかった。
だからこいつらがこの実を恐れたのはゴドクの毒があまりに凶悪だったから。
そしてなにより。
「こいつの種を潰して出る液は人体。とくにヒューマンには猛毒だ。
そしてこれが原因で死んでも、その痕跡は残らない」
あまりにも暗殺向けの特性があったこと。
俺はあらかじめ用意してた小瓶を見せた。
ゴドクの実を潰して作った赤い液体。これだけで何百人も殺せる猛毒。
厳重に絞められた蓋を俺は躊躇なくあけて、呆気ないほど簡単に女にかけた。
「飲めば即死するから気を付けろ。
けど皮膚から接種するとまず喉をやられ、手足がマヒする。
何日も熱にうなされるが………なに、運が良ければ助かる。頑張れ」
ぶっかけた毒は一瞬で肌に溶け込み、見た目にはわからなくなる。
服にかかったものでさえ自然に気化していた。そうなれば無害だ。
これで証拠は何も残らず、女何も語れないまま毒に殺される。
女は絶望した顔で、されど助けを乞うこともできずにのた打ち回る。
それを尻目に俺はさっさとその国から去って前線に戻った。
ああ、そうそう。助かるってのは嘘だ。
ただ長期間苦しむだけで、決して助かることはない。
何の意味もなく命を奪ったのだ。それぐらいのことはされて当然だろう。
俺の耳にどこかの姫と教皇が病死したという話が届いたのはそのひと月半後。
誰かにつなぐことも意味もなければ本当の理由も知られない無駄な死として。
だけど俺の復讐はそれでは終わらない。終われない。
教皇とかいう爺の話と周囲のモノたちの声によれば、
その計画のアイディアが誰からもたらされたのかを知った以上。
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戦場で出会った勇者は、
話に聞くようなヒューマンではなくエルフだった。
見た目ではない。
その魂の在り方は間違いなくエルフ。
それだけでも驚きだというのに
さらに驚くべき提案を我と戦いながら告げてきたのだ。
最初は戯言か何かかと思ったが七日間にも及ぶ死闘の間。
我ら魔族と天界の神しか知らない話まで持ち出して、
やつは我ら魔族に協力を申し出てきた。
どんな想いと信念か。
戦いでボロボロになってもそう訴え続けた姿に、ウソはないと見た。
騙されたのならこやつが役者だっただけのこと、と
我は勇者からその聖なる武具を預かり、そして手を加えた。
勇者よ。
お前の言葉が真実なら、文字通り世界を救ってみよ!
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「助かりました魔王陛下。このご恩は忘れません」
預けていた武具を返してもらって頭を下げる。
目の前には紫の肌と大きな角を頭に持つ魔族の王。
彼らが挙兵した目的と俺の目的は少なからず似通っていた。
俺が復讐なら彼らのそれは訴えに近いので、
まったく同じだとは口が裂けてもいえないけれど。
「よすがいい。今はお忍びというもの。俺はただの魔族よ。
ただお前と死闘を演じた者として見送りにきたにすぎん。武運をな」
彼とは戦場で一度戦っただけの間柄。
それでも信じてくれた。願いを聞いてくれた。
言い切れない感謝を去るその背中に向けて言い続けた。
そして俺はいつもの畑にやってくる。今は何も植えられていない。
久しぶりに身に付けた武具に、相変わらずのクワを担いで。
「いい土だ」
屈んでその土壌に触れる。
この長かったのか短かったか分からない5年クワを入れ続けた土。
豊富な栄養と聖剣の加護と祝福により精霊の力も集まっている。
これならば、あの植物を植えるのに適しているどころか最高点だ。
「行くのかジーク」
そこへ里の大人達が幾人か集まってきていた。
族長の姿がそこにないのは、多分お互いに気まずいからだろう。
止めてしまうかもしれない。留まってしまうかもしれない。
最後の最期で、俺の決意をあのヒトは尊重してくれたのだ。
「ああ、今まで世話になった。族長のこととか里の事とか色々あと頼むわ。
たぶんこんなことしたら世界中大混乱だろうけど、後始末は無理っぽいから」
せめて泣き顔は見せまいと笑顔でみんなと向き合う。
みんなもそれがやせ我慢だと解っているが口にはしない。
「子供たちにはうまくいっておくよ」
「どこにいっても、どうなっても、お前は俺たちの仲間だ」
「我らの歴史にジークという名のエルフがいたことを忘れないぞ」
そんな言葉にありがとうと返して、みんなを下がらせる。
手にしたのは小さな豆。かつて大昔に存在した大樹の実。
エルフの魔法と聖剣の祝福で品種改良し続けた巨大樹の種。
それをこの土に植える。さすれば一瞬で天にも届く木となろう。
〈さあて、里帰り&お礼参りといきますか!〉
「ああ、殴り込みだ!」
豊饒が約束された土に植えられた種は一気に成長してぐんぐん伸びていく。
成長途中の枝を掴む形で俺はそれに乗る形で、天を目指す。
俺を勇者にし、あいつを殺す計画を授けた天上の神に復讐するために。
「エルフの誇り高き戦士の出立に礼!」
もう小さな点にしか見えない彼らの声が聞こえた気がした。
ありがとう。
里での日々は絶対に幸せだった。
大きな衝撃と共に巨大樹の頂点が世界の壁を破った。
雲の上。空の上に、神々が住むという天上界が存在している。
聖なる武具をまとってクワを担いだ勇者は果たしてどんな風に見えているのか。
突然の出来事に集まってきたヒューマンのような生物たちを見据えながら考える。
「きさまは、前の勇者だと!?」
「馬鹿な、いったいどうやってここに!?」
驚き、何故だと叫ぶ声を無視して天上の大地に立つ。
話に聞いていた通り、天界という場所は建物しか見えない味気ない場所だ。
これで多少なり自然があれば、罪悪感の一つもわくのだがな。
「初めまして自称神様たち!
これより下界の生物を代表してあなた達に地罰を与えたいと思います」
俺を取り囲む形に集まった自称神々を見回しながら尊大に語ってみせた。
「チバツ、だと?」
「何をわけのわからないことを!」
天罰が天にいるこいつらが下す罰ならば、
俺たちの人生を、命を、世界を無駄に弄んだ罪と罰は大地が与える。
「我ら神をたかが下界の存在が罰するなどありえん!」
「誰のおかげで生きてきたと思うのだ、恥を知るがいい!」
ああ、権力の頂点にいる奴はみなこんな奴だから煽りやすい。
何人かが神の力を用いた光の攻撃を浴びせるがすべて俺には当たらない。
こいつらが与えた聖なる武具がすべての攻撃を弾いていく。
「馬鹿な! あの武具にそんな効果など!?」
「ああ、無かったよ。そのうえ操る効果もあるんだろ?
だから魔王に頼んでこいつの属性を反転させてもらった!
お前たちが大昔に下界に落とした魔族たちはいわばお前たちと同族。
それぐらいなら、わけないよなぁ!」
下界に落とされ、力と姿を変えられた彼らもまたこいつらの被害者。
彼らの挙兵は神の言葉に支配されるヒューマンの解放と下界が
必ずしもお前たちの思い通りにはならないという意思表示だったのだ。
「なぜお前がそんなことを知っている!?」
「へ、よく調べもせずに素質だけで勇者を選ぶからそうなる。
全部ナナシバに教えてもらったよ。俺にはこいつの声が聞こえたからな」
〈ごめんねぇ、あんたたちよりジークの方がいい男だったからつい〉
そんな悪気ゼロの謝罪は残念ながら神々には聞こえない。
「だから色々知ってるんだ。お前たちの過去の所業から、
勇者とか天界とかの仕組みやお前たちがどういう生物なのか、とかもな」
あいつらが出来るだけ驚くように、怯えるように凶悪な笑みを浮かべる。
ほら、もっと慄け、もっと怯め、迫る罰に恐怖しろ!
「お前たち神が持つ力はいってしまえば天界という世界の力。
お前らは“ここ”にいないとその超常の力を使えない。
そして勇者とは天界の力の一部を戦闘面に調整して個人に送る仕組みだ。
ただ下界に届くころには力は弱まり神に届くほどの力はない」
そうだと叫ぶ声がする。無駄な抵抗をする奴がいる。
勇者の力では神に届かないのだとのたまうアホがいる。
「でもさ、いま俺その天界にいるよね?」
この一言に強気だった者達さえも震え上がった。
いまこの瞬間、俺はこいつらに匹敵する力を。
いや、戦いにおいては越えた力を手にしている。
「やるぞナナシバ。俺の勇者としての最期の仕事だ!」
〈付き合うわ、マスター。
いまだからいうけど、わたしもね。
短い付き合いだったけど……レスティナのこと気に入ってたわ。
遠慮なんかいらないっっ、全力でわたしを使って!!!〉
初めて聞こえたこいつの憎しみと、本気の声に頷く。
聖剣ナナシバの力が展開に満ちる力を集めて、光輝く。
クワのままというのが少し見た目は悪いが、
これからやることを思えばじつにらしい姿でもある。
「やめろ! いったいなにをするつもりだ貴様!」
怯えながらも強気に叫んだ誰かに俺はにやりとした笑みを向ける。
そしてこれからすることを丁寧に、この場にいる全員に向けて喋った。
「だから地罰だよ。この力で、天界を砕く!
そしてお前たち全員を、大地に落とす。その意味、わかるよね自称神様?」
皆殺しはさすがに命を無駄にしすぎる。
ならば地に堕として、ただのヒューマンとして生きてもらう。
俺にはよくわからないが高みにいる者にとっては、
そこから堕ちることは耐えがたい屈辱らしいからな。
「馬鹿な、たかがニンゲンにそんなこと!?」
「できるだろ? だからお前たちはいま怯えている!!」
俺の言葉の意味を理解した連中の顔は総じて青い。
わかっているのだ。ナナシバに集まった力がそれを可能とする領域にあると。
「止めろっ、誰か奴を止めるのだ!!」
「無理よ! あんな強いエネルギー、近寄っただけで消されるわ!!」
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 天界が、我ら神が! 何もできずに堕ちるだと!?」
それが俺の決めた勇者としての最後の仕事。
慌てふためくだけの惨めな神を堕とし、ヒューマンをその支配から解放する。
じつに物語の勇者らしい仕事だと思わないか?
「砕け堕ちろ!!」
何の遠慮も加減もなく勇者と天界、聖剣の力を混ぜた一撃が。
クワの歯の一点に集まって天界自身に突き刺さる。
そして起こる一瞬の静寂。
それに安堵しかけた者さえいただろう。だが俺はそれを笑った。
「きゃあああぁっ!!」
「ああっ天界が、我らの空が!!」
天界の大地に走る深い亀裂とヒビ。
遠い下界の様子が見て取れるほどのそれは止まることなく天界を裂いていく。
「嘘だ、こんなっ、こんなことで我らが!」
「砕ける……砕けていく。天界が、我らの楽園が!!」
「うわああぁぁっ!!!」
逃げ惑う自称神々。逃げ込める場所などないというのに。
この亀裂はもはや止まらない。何せ力の根源は天界自身。
天界がなくならない限り、この崩壊は止まらない!!
「よくもっ、よくもっ!!
だが我らは落ちるだけ、下界にはまだ我らの信者がいる!
お前は力の根源を失って、ただのヒューマンとして落ちて死ぬ!」
一匹の自称神が苦し紛れのように叫ぶが、事実だ。
これで神の信者がいなくなるわけではない。
何千年もこの力を宿していたこいつらならともかく。
俺では天界が消滅してすぐに、ただのヒューマンに戻るだろう。
けどな。
「………信じてくれるといいな、それ。
力のないお前たちがそれを証明できるなら、だけど」
「あっ」
だから、お前たちは自称なんだよ。
「そして俺の死は繋がる……次の命に、大地の糧となって!」
ならば悔いや恐れが、どこにあろう。
これは自然の中で生きると決めた時から決まっていた終わり。
それを自分で選べたのだ。なんと、幸運だろうか。
「ああ、でも……」
けど、いいだろうか。
俺を育てた大地と自然よ。
今までその恩恵を受けてばっかりだったけど、
悪い。
血も肉も、命も糧としていい。
けど
魂だけは、どうかあいつに──────




