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side:スラッガー

「ストライク! バッターアウッ!」


 さっきから審判の熱のこもった声が聞こえてくる。


「いや~良い球投げるね! さっきまで投げてたエースは変化球のキレで勝負してくる奴だったけど、今度の奴は真逆で直球のノビで勝負してくるね! ありゃ打てねぇよお前らじゃ。ははははは!」


 ベンチの真ん中に座っている俺は沈みかけている場を盛り上げる為に本当のことを言ってやったのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。さっきよりベンチの中が険悪になった気がする。


「それじゃ須藤先輩が打ってくださいよ。半端なく速いんすから」


 三振して帰って来た後輩の野口が俺に吹っかけてくる。


「や~だよ。だって俺、試合出てねぇもん。ってことで、ほら、もうスリーアウトでチェンジなんだから早く守備に着く!」


 俺が元気良く言ってやると野口は渋々といった感じで守備に向かっていった。それを見届けた後、俺はベンチに深く沈みこむように座った。

 俺だって打てるもんなら打ちたいんだけどね。色々と事情がありましてねぇ……。

 そこでチラッと監督を見る。相変わらず愛想のない顔だ。俺が出られない事情とは監督との不仲によるものだ。

 

 中学時代、俺は硬式シニアのチームではかなり有名なバッターだった。自分で言うのもなんだが、どの高校も俺を欲しがったぐらいだ。その中で俺は今の高校を選んだのだが、その高校は失敗だったという他ないだろう。監督と衝突する毎日。あまりにも言うことを聞かなかった俺はついに練習試合にすら出ることが無くなった。それなのになぜか俺は三年間番号を貰い続けてベンチにいる。まったく不思議なものである。


 ふとそこで、思い出から意識を戻して試合を見てみると、いつの間にか勝っていた点差が無くなりかけていることに気付いた。


「あ~らら、さすが強力打線。投げる奴が変わったことで打線まで変わっちゃったか。こりゃ逆転されるね」


 深いため息をつくと俺は帽子を目深に被った。三年間やってきても愛着はあまり湧かなかったがそれでも自分の所属するチームである。負けそうになるのは見ていてあまり気分のいいものではない。


 しばらくすると、俺の隣に誰かが座った。何気なくそっちの方に視線をやると、俺は思わず驚いて声を上げそうになった。何と監督が隣に座ってきたのである。監督は少し視線を俺と合わせるとまた、試合へと視線を戻した。


「私を恨んでいるかね?」

「はいっ?」


 監督が隣に座ってきた理由を考えていた俺は咄嗟に返事を返すことが出来なく、間抜けな返事しか出来なかった。監督は目を試合に向けたまま、また口を開く。


「今までお前に辛く当たってきた私を恨んでいるかね?」

「恨んでるのかって言われてもですね、そんなことを聞いてどうするんすか?」


 正直に言えばそこまで監督を恨んではいない。そりゃ辛く当たられ続けたら多少は恨みもするが、俺の態度にも問題はあったことなので監督を恨むのは何か違うとも思う。

俺の返事に何を思ったのか監督は俺との昔話を始めた。


「お前が入部した時、正直私は心が躍るような思いをしたよ。当時の部員全員を含めても一番飛びぬけた才能を持つお前に夢を持ったものだ。お前が居れば必ず一、二年の内に甲子園に行けるとさえ思った」


 その話しをされて俺は驚きを隠すことは出来なかった。まさか監督がそんなにも俺に期待していたとは思わなかった。


「それで、どうして俺に辛く当たったんすか?」

「お前の才能を伸ばしたいと思ったからだ。だからお前には一番目をかけたんだが空回りばかりしてしまったな」

「そうみたいですね。今、思い起こしても鬼のように怒る監督しか記憶にないっすからね」

「そうだな。私もそんな記憶しか思い出せないよ」


 監督はそう言うと立ち上がって自分がさっきまで座っていた席に戻ろうとした。だから俺はその背に向かって話し掛けた。


「さっきの話しですけど、別に恨んじゃいないっすよ。ただ自分が選んだ高校が失敗したことに、自分の運の無さを感じたぐらいで」

「相変わらずの減らず口だな」


 それだけ言うと監督は席に戻って行った。

 自分に期待していたがための行動。監督にそう聞かされたとき、今まで心に突っ掛えていたものが取れた気がする。反発し続けた俺を試合で使うことは他の部員の反感を買うことになるから、俺が試合に出ることはなくなったのだろう。それでも俺をベンチに居させ続けたのは、本当は使いたいと思ってのことなのだろう。不器用な人だなと思いながら俺は、苦しめられている自分たちのチームへと目を向けた。


 やはりと言うべきか投手が変わったことによって盛り返して来た相手打線の前にあっという間に逆転されると、回はそのまま進みついにこちらが残す攻撃が九回の裏の最終回のみとなっていた。


「ほらほらどうしたみんな暗い顔して。たった一点差なんだからもっとはきはきとしろよ」

 

 勝ちムードで来ていた試合をひっくり返されたことですっかりベンチのみんなは意気消沈としていた。もはやベンチでただうるさいだけの俺に誰も睨むことすらしない。負けムードを背負っている奴らに当然、相手の剛速球に手など出るわけなく簡単にツーアウトまで追い込まれていた。


「つまんねぇやつらだな。逆転し返そうとか思う奴は誰もいないのかよ」


 ため息と共にそんな言葉しか出てこない。やっと監督と和解したと思った矢先に俺の夏が終わることになるとはついてない。あと一人となった奴は相手の球に必死に喰らいついてはいるがとても打てるようには思えない。そして、そいつもついに引っ掛けてサード線上にゴロを打ってしまった。しかし、そのゴロはファールになると思って見送ったサードの目の前にぴたりと止まり、内野安打となった。ラッキーなヒットではあるがそのおかげでほんの少し俺の夏も延びた。その次に控えるバッターは生意気な後輩である野口だった。


「三振して帰ってこいよ~」


 俺が心からのエールを送ると何を思ったのか野口はタイムを掛けベンチに戻ってきた。そのことに他にベンチに居た奴らが声を掛けるが、野口はそれらを無視する。そして俺の目の前に立つと、俺に向かってバットとヘルメットを突き出してきた。


「どうした? 何か用か野口くん?」

「自分、あのピッチャーに変わってから一球もかすらずに二つも三振してんすよね」

「そりゃかわいそうにねぇ。んじゃ次の打席で三回目の三振だな」

「そんなの嫌っすから代わりに須藤先輩が三振して来てくださいよ」


 俺の軽口に対して野口もさらっと返してくる、しかも爆弾発言のおまけつきで。その爆弾発言のおかげでベンチが騒がしくなってきた。


「バカなこと言ってないで早く思い出作りに三振して来いよ」

「自分は本気ですよ。いいですよね? 監督」


 野口が監督に同意を求めると、監督は短く頷き、


「行ってこい。期待してるぞ、須藤」


 何と肯定の意に後押しというおまけつきだ。


「ってことなんで、先輩、バットとメットをどうぞ」


 こうなっては行くほかない。俺は突き出されたバットとヘルメットを掴む。


「三振、期待してますんで先輩」


 可愛くない後輩のエールに軽く手を挙げて、俺は打席へと向かう。

 審判に代打を告げて打席へと立つ。思えばこれが公式戦初打席だ。最初で最後となるこの打席。悔いのない様に振って終わるとしよう。


「プレイ!」


 審判の掛け声と同時にピッチャーが高く足を挙げる。それに合わせて俺も足を挙げタイミングを合わす。相手が踏み込めば、こちらも同じように踏み込む。相手がボールを放てば、それを打とうとバットを振り出す!

 

 ストレートッ――!!

 

 ボールがキャッチャーのミットに唸るような音を残したのに対して、俺のバットは完全に空を切っていた。これでワンストライクだ。


「ベンチで見てたのよりも断然速いの投げるじゃねぇか。こりゃ間違いなく甲子園級だな。って言っても甲子園、行ったことはないんだけどもな」


 などとバカな軽口を叩いている間にピッチャーが第二球を構え放ってくる。またもや投げてきたストレートに、今度はバットに当てたがボールは前に飛ぶことはなく、バックネットに当たりファールとなった。これでツーストライク、たった二球で追い込まれてしまった。


 三球目に備えて構え直す。その時、不意になぜか楽しいという思いが込み上げてきた。そしてもったいないという気さえ起きてきた。これほどのピッチャーと戦うのは、この先そうは無いだろう。その戦いがあと一球で終わるかというところに今、俺はきているのだ。相手のピッチャーも同じ思いなのだろうか。彼の顔も俺と同じようにこの勝負を楽しんでいるように思える。代打をさせてくれた野口と、送り出してくれた監督には悪いが、試合の勝ち負けではなく、今は単純にこの勝負の勝ち負けを楽しませてもらおう。


 ピッチャーが構える。そして一塁にランナーがいるのにも拘らず大きく手を振り被った。それは他の一切を無視して、俺にのみ集中して全力で投げてくるということである。この勝負に小細工など無い。俺はストレートの一球にのみ的を絞り構える。

 全体重を掛けてピッチャーが大きく踏み込み腕を振るう。その手からは剛球が唸りを挙げ放たれる。それに対して俺も全力でバットを振る。


「っあ!!」


 キィィィィィィィィン――。


 気を吐いたスイングと共に金属特有の快音が響いた。バットによって打ち出された白球は雲ひとつ無い青空に高く舞い上がっていった。


「野球ってこんなにも面白かったんだな」


 たった一度の勝負でそう思えるぐらいに俺の心は満たされていた。俺はきっと生涯このことを忘れないだろう。それほど心に残る勝負だった。


「さて、走ろうか」


 舞い上がっていく白球を見届けながら俺は一塁へと走り出した。


 end


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