エピローグ
人造人間の脱走は教会に大きな衝撃をもたらす事になる。人造人間脱走と共に姿を消した異端審問官リクト・ラインフィールドを異端者として、その行方を追った。
異端審問官が異端者と共に逃走したということは、教会としては前代未聞で決してあってはならないことであった。民衆の教会への不満はさらに高まり、教会としては何かを罰する必要が出てくる。そこで、ウィーンでも魔女狩りが頻繁に行われるようになった。それも、教会主導の下にである。
人造人間を逃亡させた責任を問われたリーグル・ヴェルヘイムは、騎士団長を辞任。その後、騎士も辞めてしまった。その後の消息は不明である。
いつまで経ってもリクトの足取りを掴めない教会は、ついにリクト・ラインフィールドに関する情報を全て抹消してしまう。つまり、リクト・ラインフィールドという異端審問官は、存在しなかったことにしてしまった。その際、人造人間に関する記録も同時に抹消する。
こうして、リクトは歴史から完全に消えてしまった。
それでも、リクトを追跡した記録だけがかろうじて残っている。
西暦一五三〇年 ハンガリー王国のブレスブルクにて、黒いローブを着た二人組みを見かけたという情報あり。金塊を売り大金を手にしたという。
リクトは上機嫌で、商人の家から出てくる。ここはハンガリー王国のブレスブルグ。オーストリアから逃げて、ハンガリー王国へやってきたのだ。
現在は実質オーストリアの領土だが、ウィーンから離れることができて、リクト達は一息つくことができた。
「ヘルメスから貰った金塊がこんなに高値で売れた。何でも、今作れる金より純度が高いと、絶賛してた。ま、どちらにしろ高く売れたから問題ない」
リクトは皮の袋いっぱいに入った金貨をホムンクルスに見せる。
「凄いね。これなら食料の心配はしばらくしなくていいね」
ホムンクルスは食料を必要としないため、リクトの事を心配しての言葉である。ホムンクルスはウィーン脱出から、表情が豊かになった。今でも、リクトの隣で笑っている。昔は笑顔がわからなくて、顔をいじっていた事を考えれば、凄い成長であった。
ホムンクルスの体の崩壊は依然として進んでいた。左手は肘の辺りまでなくなり、額の亀裂は鼻辺りまで及んでいる。
「先ずはどこかの小屋を買うか」
人が生きていくには家が必要である。特に正体を明かせない場合、物件を借りることもままならない。できるだけ人とは関わらないように生きていく必要がある為、住居の確保は必須事項だった。
突然、強い風が吹いた。その風でホムンクルスが羽織っているローブのフードがめくれ上がる。それを、リクトがすぐに押さえてやる。
「気をつけろ。ここでお前の髪を見られたら、大騒ぎになるぞ」
リクトは笑いながら言う。実際、髪の色を見られたら、笑い事ではないのだが、リクトはなるべく明るく振舞った。
ホムンクルスと一緒にいる限り、明るくいようと決めたのだ。ホムンクルスはまだ、子供。できるだけ、明るい表情を見せてやりたいと思ってのことだった。
「ありがとう、リクト。気を付けるよ」
ホムンクルスは笑顔でリクトを見上げてくる。それに、リクトは微笑を返した。
「あまり長居して、教会に通報されたら厄介だ。移動しよう」
黒いローブを着た二人組みという姿は、ハンガリー王国の首都であるこの町では特に目立つ。道を行く人は大抵豪華な服を着込んでいた。二人のようなみすぼらしい格好をしている人はここらにはいない。
リクトはホムンクルスの手を取って歩き出す。行き先は特に決めてはいないが、とにかく移動を始めた。
「さすがに昼間から黒ローブというのは、目立つ……。これでは、不審者丸出しだ。どこかで服を買わないとな」
「でも、リクトは服を買ったことあるの?」
「……ない。仕立屋で買えると聞いたことはあるが、金があれば何とかなるのではないか? よく知らないが」
リクトの回答にホムンクルスは呆れた顔をする。あれから、ホムンクルスはこういった嫌な顔もするようになった。ちょっとショックだが、それも人間らしさだからいい傾向にあるといえよう。
「本当に世間知らずなんだね。仕立屋に行っても、すぐに服を買える訳じゃないんだよ。寸法を調べた後に、作り始めるから時間がかかるの。その際には、素顔をさらさなくちゃいけないし、服に関しては手作りがいいと思うな」
「そうか……だが、俺は服なんて作ったことなどないぞ?」
ホムンクルスはそうだよねと、呟く。
「目立つかも知れないけど、今はこの服を着続けたほうがいいんじゃないかな……」
「それもそうだ」
人通りの多い通りを歩くと、もれなくすれ違った人が振り返る。その不審さは結構なものがあった。
「ホムンクルス、考えたんだが……小屋を買ったら錬金術を始めようと思っている」
突然の発言にホムンクルスは耳を疑った。
「そ、そんな突然……、どうしたの?」
「お前の体の崩壊、止めるためには錬金術しかないと思う。それに、小屋を買ったら、定期的な収入も必要になる。ヘルメスみたいにポーションを売れば収入も得られる筈だ」
なんとも気楽な言葉にホムンクルスは呆れた様子で、リクトを横目で見る。
「リクトは錬金術を何でもできる便利なものだとしか、思っていないでしょ?」
「違うのか?」
ホムンクルスの言葉に、目を丸くして驚く。ヘルメスの錬金術を見ていたリクトにとっては、ホムンクルスに言われた程度の認識しかなかった。
「はぁ、大体、錬金術ってね、数々の学者が挑んで、積み重ねてきた技術なの。素人がやるといって、すぐにできるものじゃないよ。それに、あたしの体の崩壊は錬金術でも……」
「そんなことないだろ。ホムンクルスがいれば、錬金術だろうが何とかなるだろ? 俺も勉強するから、色々教えてくれ。そうすれば、お前の体ももしかしたら、何とかなるかもしれない」
ホムンクルスはリクトの話を聞いて、難しい顔をする。
「まあ、あたしの言う通りにやれば、賢者の石程度なら作れると思う。本当は自分でやるのが一番いいのだけど……」
ホムンクルスは失った左手に目をやる。
賢者の石とは、錬金術の究極ともいえる代物で、そこに辿り着く錬金術師は殆どいない。それを『程度』と言い放つ辺り、あらゆる知識を持つと言うだけのことはある。
「それでも、あたしの体は無理だよ」
「お前の『知識』か……。だが、お前も知らない事がこの世界にはある。特に未来はお前にも分からないのだろう?」
「それは……そうだけど……」
ホムンクルスは自信なさげに言い淀む。リクトはそんなホムンクルスを無視して話を進めた。
「よし。それなら、先ずは小屋を調達しないといけないな。どこら辺がいいだろうか?」
「え? いきなりあたし頼みなの? うーん、ポーションを売るなら、近くに薬草の生える場所がいいよね。それと、きれいな水。井戸は必須だよ。それと、自前で調達することが難しいものもあるから、都市から離れすぎるのもよくないね、後は……」
予想を超える条件の厳しさに、リクトの笑顔が引きつっていく。自分の考えが甘かったことを改めて思い知らされた。
「まあ、国外には出れたわけだし、この町の付近でその条件を探してみるか?」
「え? そうだね。時間はまだあるからね」
ホムンクルスの顔の亀裂、左腕を見ると急ぐ必要を感じてしまうが、リクトは笑顔を崩さない。
これから、リクトはホムンクルスと共に生きていくことになる。しかし、その後二人がどうなったかは記録に残っていない。
これ以上、足取りをつかむことはできなかった。
ホムンクルスがどうなったのか、リクトがどうなったのか、それを知ることはできない。
後日、ヨーロッパの錬金術師、パラケルススの著作『ものの本性について』に、ホムンクルス生成に関する記述が残っている。
その製法に関しては、ヘルメスがホムンクルスを生み出した方法と多くの類似点があり、ホムンクルスの生成に成功したといわれている。
この錬金術師パラケルススが、リクト、ヘルメスと関連があるかは不明である。
ヒトガタはこれで終了となります。
エピローグまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
小説大賞で落選したとはいえ、一応評価シートを頂きました。
その評価はかなりボロクソで、どうして評価シートを貰えたのか分からない程でした。
それでも、評価を貰えた事を糧に今でも執筆を行っております。
この作品についてですが、世界地図、歴史上の人物、年表を参考にしてはいますが、フィクションなので細かい部分で考証が怪しい部分がございます。
中世ヨーロッパによく似た異世界の話、として頂ければ幸いです。
ここまで読んで頂いた方へ、最大級の感謝を。