表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒトガタ  作者: 鮎太郎
9/9

エピローグ

 人造人間の脱走は教会に大きな衝撃をもたらす事になる。人造人間脱走と共に姿を消した異端審問官リクト・ラインフィールドを異端者として、その行方を追った。

 異端審問官が異端者と共に逃走したということは、教会としては前代未聞で決してあってはならないことであった。民衆の教会への不満はさらに高まり、教会としては何かを罰する必要が出てくる。そこで、ウィーンでも魔女狩りが頻繁に行われるようになった。それも、教会主導の下にである。

 人造人間を逃亡させた責任を問われたリーグル・ヴェルヘイムは、騎士団長を辞任。その後、騎士も辞めてしまった。その後の消息は不明である。

 いつまで経ってもリクトの足取りを掴めない教会は、ついにリクト・ラインフィールドに関する情報を全て抹消してしまう。つまり、リクト・ラインフィールドという異端審問官は、存在しなかったことにしてしまった。その際、人造人間に関する記録も同時に抹消する。

 こうして、リクトは歴史から完全に消えてしまった。

 それでも、リクトを追跡した記録だけがかろうじて残っている。

 西暦一五三〇年 ハンガリー王国のブレスブルクにて、黒いローブを着た二人組みを見かけたという情報あり。金塊を売り大金を手にしたという。


 リクトは上機嫌で、商人の家から出てくる。ここはハンガリー王国のブレスブルグ。オーストリアから逃げて、ハンガリー王国へやってきたのだ。

 現在は実質オーストリアの領土だが、ウィーンから離れることができて、リクト達は一息つくことができた。

「ヘルメスから貰った金塊がこんなに高値で売れた。何でも、今作れる金より純度が高いと、絶賛してた。ま、どちらにしろ高く売れたから問題ない」

 リクトは皮の袋いっぱいに入った金貨をホムンクルスに見せる。

「凄いね。これなら食料の心配はしばらくしなくていいね」

 ホムンクルスは食料を必要としないため、リクトの事を心配しての言葉である。ホムンクルスはウィーン脱出から、表情が豊かになった。今でも、リクトの隣で笑っている。昔は笑顔がわからなくて、顔をいじっていた事を考えれば、凄い成長であった。

 ホムンクルスの体の崩壊は依然として進んでいた。左手は肘の辺りまでなくなり、額の亀裂は鼻辺りまで及んでいる。

「先ずはどこかの小屋を買うか」

 人が生きていくには家が必要である。特に正体を明かせない場合、物件を借りることもままならない。できるだけ人とは関わらないように生きていく必要がある為、住居の確保は必須事項だった。

 突然、強い風が吹いた。その風でホムンクルスが羽織っているローブのフードがめくれ上がる。それを、リクトがすぐに押さえてやる。

「気をつけろ。ここでお前の髪を見られたら、大騒ぎになるぞ」

 リクトは笑いながら言う。実際、髪の色を見られたら、笑い事ではないのだが、リクトはなるべく明るく振舞った。

 ホムンクルスと一緒にいる限り、明るくいようと決めたのだ。ホムンクルスはまだ、子供。できるだけ、明るい表情を見せてやりたいと思ってのことだった。

「ありがとう、リクト。気を付けるよ」

 ホムンクルスは笑顔でリクトを見上げてくる。それに、リクトは微笑を返した。

「あまり長居して、教会に通報されたら厄介だ。移動しよう」

 黒いローブを着た二人組みという姿は、ハンガリー王国の首都であるこの町では特に目立つ。道を行く人は大抵豪華な服を着込んでいた。二人のようなみすぼらしい格好をしている人はここらにはいない。

 リクトはホムンクルスの手を取って歩き出す。行き先は特に決めてはいないが、とにかく移動を始めた。

「さすがに昼間から黒ローブというのは、目立つ……。これでは、不審者丸出しだ。どこかで服を買わないとな」

「でも、リクトは服を買ったことあるの?」

「……ない。仕立屋で買えると聞いたことはあるが、金があれば何とかなるのではないか? よく知らないが」

 リクトの回答にホムンクルスは呆れた顔をする。あれから、ホムンクルスはこういった嫌な顔もするようになった。ちょっとショックだが、それも人間らしさだからいい傾向にあるといえよう。

「本当に世間知らずなんだね。仕立屋に行っても、すぐに服を買える訳じゃないんだよ。寸法を調べた後に、作り始めるから時間がかかるの。その際には、素顔をさらさなくちゃいけないし、服に関しては手作りがいいと思うな」

「そうか……だが、俺は服なんて作ったことなどないぞ?」

 ホムンクルスはそうだよねと、呟く。

「目立つかも知れないけど、今はこの服を着続けたほうがいいんじゃないかな……」

「それもそうだ」

 人通りの多い通りを歩くと、もれなくすれ違った人が振り返る。その不審さは結構なものがあった。

「ホムンクルス、考えたんだが……小屋を買ったら錬金術を始めようと思っている」

 突然の発言にホムンクルスは耳を疑った。

「そ、そんな突然……、どうしたの?」

「お前の体の崩壊、止めるためには錬金術しかないと思う。それに、小屋を買ったら、定期的な収入も必要になる。ヘルメスみたいにポーションを売れば収入も得られる筈だ」

 なんとも気楽な言葉にホムンクルスは呆れた様子で、リクトを横目で見る。

「リクトは錬金術を何でもできる便利なものだとしか、思っていないでしょ?」

「違うのか?」

 ホムンクルスの言葉に、目を丸くして驚く。ヘルメスの錬金術を見ていたリクトにとっては、ホムンクルスに言われた程度の認識しかなかった。

「はぁ、大体、錬金術ってね、数々の学者が挑んで、積み重ねてきた技術なの。素人がやるといって、すぐにできるものじゃないよ。それに、あたしの体の崩壊は錬金術でも……」

「そんなことないだろ。ホムンクルスがいれば、錬金術だろうが何とかなるだろ? 俺も勉強するから、色々教えてくれ。そうすれば、お前の体ももしかしたら、何とかなるかもしれない」

 ホムンクルスはリクトの話を聞いて、難しい顔をする。

「まあ、あたしの言う通りにやれば、賢者の石程度なら作れると思う。本当は自分でやるのが一番いいのだけど……」

 ホムンクルスは失った左手に目をやる。

 賢者の石とは、錬金術の究極ともいえる代物で、そこに辿り着く錬金術師は殆どいない。それを『程度』と言い放つ辺り、あらゆる知識を持つと言うだけのことはある。

「それでも、あたしの体は無理だよ」

「お前の『知識』か……。だが、お前も知らない事がこの世界にはある。特に未来はお前にも分からないのだろう?」

「それは……そうだけど……」

 ホムンクルスは自信なさげに言い淀む。リクトはそんなホムンクルスを無視して話を進めた。

「よし。それなら、先ずは小屋を調達しないといけないな。どこら辺がいいだろうか?」

「え? いきなりあたし頼みなの? うーん、ポーションを売るなら、近くに薬草の生える場所がいいよね。それと、きれいな水。井戸は必須だよ。それと、自前で調達することが難しいものもあるから、都市から離れすぎるのもよくないね、後は……」

 予想を超える条件の厳しさに、リクトの笑顔が引きつっていく。自分の考えが甘かったことを改めて思い知らされた。

「まあ、国外には出れたわけだし、この町の付近でその条件を探してみるか?」

「え? そうだね。時間はまだあるからね」

 ホムンクルスの顔の亀裂、左腕を見ると急ぐ必要を感じてしまうが、リクトは笑顔を崩さない。

 これから、リクトはホムンクルスと共に生きていくことになる。しかし、その後二人がどうなったかは記録に残っていない。

 これ以上、足取りをつかむことはできなかった。

 ホムンクルスがどうなったのか、リクトがどうなったのか、それを知ることはできない。

 後日、ヨーロッパの錬金術師、パラケルススの著作『ものの本性について』に、ホムンクルス生成に関する記述が残っている。

 その製法に関しては、ヘルメスがホムンクルスを生み出した方法と多くの類似点があり、ホムンクルスの生成に成功したといわれている。

 この錬金術師パラケルススが、リクト、ヘルメスと関連があるかは不明である。

ヒトガタはこれで終了となります。

エピローグまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

小説大賞で落選したとはいえ、一応評価シートを頂きました。

その評価はかなりボロクソで、どうして評価シートを貰えたのか分からない程でした。

それでも、評価を貰えた事を糧に今でも執筆を行っております。


この作品についてですが、世界地図、歴史上の人物、年表を参考にしてはいますが、フィクションなので細かい部分で考証が怪しい部分がございます。

中世ヨーロッパによく似た異世界の話、として頂ければ幸いです。


ここまで読んで頂いた方へ、最大級の感謝を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ