豚の餌か毒か
パン屋から歩いて10分ほど。
豚小屋の裏に、無造作に山積みにされ、
屋根もなく芽が伸び放題のジャガイモがあった。
「これじゃ豚の餌ね」
山から1つ手に取って丹念に観察をした。
大きさも色も芽の形も知っているものだった。
10数年前にこの領地を苦しめたものが、
今から領地を救う食料に変わる。
「これならやれるわ」
勝ち戦だとこのときは思っていた。
「なぁ、嬢ちゃんよ、そろそろ酵母の作り方を教えてくれても⋯⋯」
昨日の一件で肝を冷やしたのか、バンズの姿勢が何故か低い。
「なんのことかしら、予定よりも早く売ったせいで酵母はなくなるわ、
なぜか、昨日はいつものパンがほとんど売れ残ったようね」
「面目ない」
「フフッ」
大きい身体を小さくして、許しと教えを請おうとするバンズを見て
アシュが小さく笑った。
「まぁテスト販売出来たから見えた問題点があるから、
今回は許してあげるけど!本当に次はないですからね」
15歳の子供に本気で怒られる30歳越えの大人の構図はきっと違和感があるだろう。
「とりあえず、酵母を大量生産する段取りを考えないといけないわね」
昨日の売れ行きを考えると、結構大掛かりな設備投資をしないと、
毎日りんごの酵母を準備することが出来ない。
ある意味では、みんな食に飢えている裏返しでもある。
「やっぱ樽が必要か」
「そうね、それと樽でも酵母を作れるかやってみないといけないしね」
柔らかいパンもまだまだクリアしないといけない問題が山積みだ。
「それよりも今はこれよ!」
カバンから昨日持ち帰ったジャガイモをバンズに見せる。
「うん?豚の餌がどうした?」
あ~そうなのね、ここでは完全に豚の餌って認識なのね。
「これをね、食べようと思うの」
「嬢ちゃん、死にたいのか?」
「ジャガイモってね、ちゃんと調理すれば立派な食材なのよ」
そう言ってみせても、バンズは疑いの目を向け、
あのアシュさえも、どことなく暗い顔をしている。
「ライ麦だって、粉にしてこねてパンにしているでしょ?」
「そうだけどよ⋯⋯」
体験に勝るものはないとよく言うけど、
いい面ばかりじゃない。
「もういいわ!バンズさんとりあえず鍋にお湯を沸かして!
アシュは私の手伝いをして」
2人に指示を出して、平行線になりかけた場を動かす。
「小さいやつはダメよ、このなんか生えているものを身ごと大きくえぐって、
あと、緑色になっているところも大きく切り取って」
指示をすぐに理解して手際よく処理をするアシュ。
「嬢ちゃんはやらないのか?」
「!?」
なんでそこをツッコんでくるの。
「⋯⋯やれないのよ」
「なんだって?」
「だ・か・ら!包丁が使えないの!!!」
「あっ!わりぃ」
全く悪びれた様子を感じない。
「だがよ、本当に食べるのか?」
「食べれるものを食べるのは普通のことでしょ」
アシュが処理したジャガイモを沸騰した鍋に入れ、
時折木の棒で突っつきながら茹で上がるのを待った。
「出来たわ!」
ホッカホカに湯で上がったジャガイモを半分に割ると、
中から湯気と食欲を誘う匂いが鼻を刺激してきた。
「うまそうではあるな」
そう言った後に、バンズの喉が鳴ったのが聞こえた。
熱々のジャガイモを手に取った時、ふと一つの疑問が口に運ぶのを止めた。
りんごから酵母は出来た。
ライ麦では白くてフカフカのパンは作れない。
聞く限りでのジャガイモの症状は元の世界と一緒。
それでも、本当に原因は同じだろうか?
元の世界では、芽と緑色に変色した部分に毒素が含まれている。
それが、この世界でも通用するのか?
あぁーもう、このくらいの量なら毒があったってお腹を壊すだけ。
覚悟を決めて口に近づけたときに、
2人の手がそれ以上動くことを妨げた。
「嬢ちゃんが食うのは違うぞ」
「毒見は私の仕事です」
一瞬の躊躇いが2人を心配させてしまった。
「違うの、怖いから躊躇ったわけじゃないの」
「躊躇いのせいではありません、危険だとわかっているものをお嬢様が口にするのは、
私が許しません。ですから、私が先に毒見いたします」
「メイドが言うように、万が一があったら困るから嬢ちゃんは最後だ」
2人はジャガイモを手に取り、躊躇なくかぶり付いた。
一口目を食べ終わった短い沈黙を破るように、
「うめぇなこれ」
「ホカホカで、美味しいです」
感想を聞いて涎がこぼれかけるのを堪えて、
私ももう一度ジャガイモを食べようとすると、
「とりあえず、1時間は待つべきだ」
「そうですね」
え!?
2人して美味しそうに食べ続けているのを見せつけられて、
おあずけを喰らわないといけないの?
そんなことを考えている間もなく、アシュは1個を食べ終わり、
バンズに関しては、2個目を食べ始めている。
4回目の砂時計が落ちきって1時間が過ぎた。
2人にはまったく症状が現れていない。
過去の中毒騒動のときは、食べてから1時間前後で症状が出たようだ。
バンズ自身も中毒を体験しているから、食べ終わった後に少し不安そうだったが、
「ここまで経ちゃ、問題ないってことだな」
「大丈夫?本当に無理はしていない?」
「えぇ、本当に問題ありません」
やっぱり、中毒騒動は元の世界と一緒で芽と変色部分を除去すれば、
回避できるってことね。
「それなら私も食べないと」
おわずけをくらった分、期待が膨らみ続けていたのに、
手に取ったジャガイモは完全に冷めきっていた。
「ホッカホカが⋯⋯」
「今から茹でるからちょっと待て」
急いで鍋にジャガイモを入れて茹で始めてくれた。
結局私が食べれたのは1時間半以上経ってからだ。
「これよこれ。ホッカホカのほろほろ」
あぁ~マヨネーズかバターがあれば言うことないのに。
「ねぇ、バターって珍しいの?」
「バターは貴族とかしか食べられないな」
アシュの方を振り返ると、首を何度か横に振ってきた。
そうね、貴族といってもうちは貧乏貴族ですから。
「しかし、これで本当に食べれるなら事件だな」
中毒騒動を体験してきたバンズがそういうんだから、
本当に大事なんだろう。
「だけど、もしジャガイモが主食に変わると、
パンが売れなくなるかもしれません⋯⋯」
「そんなのどうってことないだろ、腹減らしているガキを見るよりはマシだ」
パン屋はお父様が出資しているから潰れることはないだろうけど、
売れないないものを準備するのが苦痛にならないか心配。
「とりあえず、今日1日体調に気をつけて、
ジャガイモと酵母に関しては明日考えましょう」
「あのよ⋯⋯余ったこれは、リリィに食べさせてもいいか?」
ちょっと赤くなって聞いてきたことに、私とアシュは笑ってしまった。
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