届けられた執念のパン
工房から戻ってからも少ない知識を総動員して、
何が足りなかったのかを模索した。
夕食に食べたパンよりも確かに柔らかった。
ただ、食感は今の方が数段上なのを再認識した。
求めているのはふわふわできめ細やかな白いパン。
「白い?」
今になって違和感に気付いた。
部屋に残していた去年の帳簿を開く。
作物の項目――麦、りんご、ジャガイモ。
どこにも小麦なんて書いていない。
硬さばかりに目が行って見落としていた。
夕食の灰色のパンが浮かんだ。
部屋を飛び出してアシュを探した。
「この時間はどこに居るだろう」
玄関ホールにたどり着くと丁度セバスと鉢合った。
「リズ様、お急ぎのようですがどういたしましたか?」
物腰の柔らかい口調で問いかけてきた。
「丁度良かったわ。ねぇセバス、帳簿には麦としか書かれていなかったんだけど
詳細な種類って分かるかしら?」
「当領地で栽培しております麦は、ライ麦という種類でございます」
やっぱり⋯⋯
なんでこんな大切なことを見落としていたんだろう。
ありがとうとお礼を言って離れようとしたときに、
玄関の扉が勢いよく開いた。
すぐさまセバスが、私の前に駆け寄り守ろうとした。
「リズ様はいますか?」
この声は?
ドアからなだれ込むように入ってきた人物に、
「バンズさん?」
「あぁ~、そこに居たか」
息を切らしながら2階の踊り場に居る私を見つけ、
「これ見てくれよ!」
そう言って差し出された手にはバスケットが握られていた。
セバスに、彼は怪しい人じゃないと説明し、
彼のもとに駆け寄った。
「こんな時間にどうしたんですか?」
「いいからこれを見ろって」
深く息を吸い、吐き出した息はどこか自信に満ち溢れていた。
バスケットの中には、昼間にたくさん見たパンが入っていた。
「これがどうしました?」
「食べてみてくれ」
半ば強引に口にねじ込んできたパンは、
昼間の柔らかさに、夕食に食べた食感が合わさったものだった。
「どうしたのこれ?」
問いかけながらもう一度口に運んで確かめる。
ふわふわではない、でもスカスカでもモソモソでも食感に、
気づけば食べきってしまっていた。
「嬢ちゃんが帰った後に、俺でもなにか出来ないかってやったらよ、
はじめは店舗に置いていたんだけど、リリィが掃除するからって生地を工房に移動させて
焼き時間とか変えてやってる間に、置いてた生地がもっと膨らんだんだよ」
明日なんて言っていたバンズが、あの後も1人でやっていたなんて。
「それで焼いてみたら、食感はそのままに柔らかくなったから嬉しくて来ちまった」
「あなたって人は⋯⋯」
昼間に堪えたものがとうとう抑えられなく溢れ出してしまった。
元の世界でも、成果を出すために残業している社員は居た。
彼らは、賃金の対価としての労務だからだ。
でもバンズは違う、別に私に付き合わなくたっていい、
いままで通りに仕事をしていても、誰も怒らない。
なのに、今ここにこのパンを持ってきてくれたことが、
こんなにも嬉しい。
「リズ様、大丈夫でございますか?」
「セバス⋯⋯これ食べてみて」
鼻をすすりながら、バンズの執念のパンを手渡す。
「それでは、失礼いたします」
口に入れ、歯を立てた瞬間にセバスの眉が一瞬跳ねる。
この1ヶ月近くで、セバスが驚いたところなんて見たことがなかった。
「私、こんなに柔らかいパンを食べたのははじめてでございます」
パンを食べ終わった後に、軽く口をハンカチで拭いた後、
深々とバンズに対してお辞儀をしてみせた。
ホールでの騒ぎに気付いたお父様たちが、
いつの間にか2階の踊り場に集まっていた。
事情を説明して、お父様たちにも試食してもらった。
「お姉様、なんて食べやすいんですかこのパンは」
「本当ね、ふやかさなくてもそのまま食べれるわ」
シルクとお母様の反応は上々であった。
ふとお父様の方を見る。
「⋯⋯」
何も言わない、でも確かめるように食べている。
勝手なことをするなと思われたかな?
急に不安になってしまった。
「リズ、バンズ――」
「「はい!?」」
急な呼びかけに二人して声が上ずった。
「よくやってくれた」
これまで悲壮感や諦めの顔つきだったお父様に、
少しだけど生命力が宿ったように見えた。
「お父様、このパンを領民にも試食してもらって、
喜んでもらえたら売ってもいいですか?」
そう、作るのが目的じゃない。
領民に食べてもらってはじめて意味を持つ。
「好きにやってみなさい」
そう言って、2階へと戻っていった。
「バンズさん!明日からもっと忙しくなりますよ」
「おう、楽しくなってきたな」
利益も大切だ、でもせっかく食べるなら美味しいものがいい。
きっとこれで知ってもらえるはず。
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