パンの正体
日が登り始めたと同時に、私とアシュは工房へ入った。
「寝坊しないでよく来たな」
職人のバンズが、釜に火を入れながらからかってきた。
「仕事はきっちりこなす質ですから」
フンと鼻から大きな息を吐いて、屋敷から持って来たバッグを降ろした。
「それで、普通に作っていいのかい?」
「はい、いつも通りに作ってください」
それで良いのか?と言わんばかりの顔をバンズはしているが、
「まずは、”普通”を知らないと何が問題かわかりませんから」
バンズは作業台の前に立ち、小麦粉を練りはじめた。
私はそれを見て、カバンから紙とペンと砂時計を数個取り出した。
工程ごとの回数や量と時間を計測して、出来上がったパンと紐づけを行う。
3回目に焼き上がったパンを触って、バンズが渋い顔をして言った。
「うーん、これはダメだな」
それを私たちのほうに差し出した。
「なにがだめなの?」
「硬くなりすぎだ」
ダメなパンと良いパンを交互に触って比較した。
「確かに、焦げていないのに硬さが全然違いますね」
「味は問題ないんだけど、ここまで硬いとスープに漬けても食べれたもんじゃない」
(いやいや、そんなパンを私たちは毎日食べてますけど)
と、軽く心でツッコんでみた。
その後も、150個のパンを作るのに、30個の出来損ないのパンが生まれていた。
出来損ないとそうじゃないパンのメモした工程を見比べて、
どこが問題なのかを探し出そうとしているが、
「10年作ってるだけはあるわね」
バンズの職人としての腕は確かだった。
測りも使っていないのに分量に誤差はなく、
こねる回数も焼く時間も微差のレベルにおさまっている。
なのに、硬さが違うパンが出来てしまった。
唯一違う工程があるとしたら、
それは、生地の放置の時間だ。
1回に30個分の生地を作っているが、
釜は1度に10個しか焼けない。
だからどうしても待ちができる。
すぐに、店舗に居るバンズのところに向かった。
「あれ?」
私は、工房と店舗を何回か出入りした。
店舗に行くと涼しく感じる。
逆に工房は、釜の熱気がこもっていた。
「もしかして、暑くて生地の水分が飛んでいるんじゃない」
バンズとアシュを集めて仮説を説明した。
「だから、冬は少し失敗が減るのか」
なるほどと頷いて納得するバンズ。
「じゃ、明日は20個分の生地で試せる?」
「ちょっと感覚は狂うがやってみる価値はあるな」
これが、原因なら1歩前に進める。
2日連続での早起きはきつい。
それでも、凛としているアシュを見て気を引き締めた。
今日うまくいけば、次のステップに進める。
ただ、原因が別にあれば仕事を増やすだけだ。
弱気になるな。
「今日もお願いしますね」
中に居るバンズに声を掛けて工房に入る。
「昨日嬢ちゃんに言われて、20個分の生地の分量をやっておいたぞ」
「これでうまくいけば大成功ですね」
「うんじゃ、始めるぞ」
バンズは、昨日より小さい生地をこねりはじめた。
私も、メモと砂時計を取り出して工程を逐一チェックする。
1回目の焼き上がり。
「問題ない」
バンズがパンを触って呟く。
2回目の焼き上がり。
「これもいつも通りだ」
問題は次だ。
問題の3回目の焼き上がり。
「⋯⋯硬くねぇ」
焼き上がったパン全部の硬さを入念に確認するバンズ。
私も、近寄って確認する。
「1・2回目のと比べても変わらないわ」
「次だ、次を焼いてみよう」
はやる気持ちを抑えながら4回目の焼きを準備する。
「嘘だろ⋯⋯」
4回目の焼き上がりも申し分ない柔らかさを維持していた。
生地を20個分にした。
ただそれだけで、この日出来損ないパンは焼き上がらなかった。
「なぁおい、嬢ちゃん!!!!」
作業を終えたバンズが振り向いて。
「あんたすげぇよ、たった1日で0だぞ0!」
「これが私の仕事ですから」
「確かに、立派な仕事ぶりだ」
両手を私の肩に載せ、大柄の男が震えていた。
「親父だって失敗していたから、パンを作るのにあのくらいのミスは当然だと思っていた
領主様だって、とやかく言ってこなかった」
一層肩の手に力が入った。
「誇りがなかったわけじゃねぇ、でもおかしいことに気づけていなかった」
「これであなたは、お父様を超えたパン職人ですね」
そう声を掛けるとバンズは後ろを向いて鼻をすすった。
「おはようございます」
店舗から女性の声がした。
「リリィが出てきたな、もうそんな時間か」
気がつけば、お店を開ける時間になっていたようだ。
「一旦休憩しましょう」
「お嬢様、バンズ様こちらをどうぞ」
アシュがどこからか取り出した飲み物を渡してくれた。
「リンゴジュースがこんなに美味しいなんて」
現代に比べたら冷えているわけじゃない。
だけど、乾いた喉を潤すには十分。
「アシュ、ありがとう」
グラスをアシュに渡して、バンズと一緒に工房内を掃除しながら、
今後のことを話しはじめた。
「バンズさん、とりあえず3日は今回の手順で作ってください」
「それりゃ、構わないけどなんで3日なんだ?」
「硬さも味も問題ないとは思いますが、お客さんからどういう反応が出るか心配なので」
「そういうことか、取り合えずわかった」
掃除を済ませて、バンズさんとリリィさんにお礼を言って工房を出た。
「アシュ!これでうまくいくといいね」
「お嬢様のやったことですから心配いりません」
全幅の信頼を寄せくれるアシュに寄りかかりながら、
これがうまくいけば、次のステップに進めることを嬉しく思った。
「そういえば、出来損ないが無くなったら私たちの食事はどうなるの?」
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