帳簿に記された終わり
「お父様、よろしいですか?」
「リズか、入りなさい」
傷んでいるノブに手を掛けて、ドアを開ける。
中には、お父様と白髪をきれいに整えた男性が立っていた。
「ここに来るのは珍しいな、どうした?」
「お父様、領地の帳簿を見させてもらえないでしょうか」
「急にどうしたんだい?」
しくじったと思った。
脈略もなく帳簿を見せてくれなんておかしい。
「いえ、あの⋯⋯領地のこともそろそろ知っておこうと思いまして」
お父様は、眉を少し上げて考え込んだ。
「セバス、すまないがリズに領地の帳簿を見せてやってくれ」
「かしこまりました、旦那様」
セバスは、軽くお辞儀をして棚から本を取り出し、私に渡してくれた。
「お嬢様、こちらが去年の帳簿でございます」
(去年?1年分だけ見ても意味がないわ)
「セバス、ここには1年分しかないの?」
「いえ、ここには過去20年分のがございますが⋯⋯」
セバスがお父様の方を見て指示を仰ぐ。
「勉強のためなら、まずは1年分でいいんじゃないか?」
確かに、勉強のためであれば1年分でいいだろう。
でも、勉強なんてただの口実だ。
「いえお父様、20年分見させてもらえますか」
今度は、お父様がセバスの方に顔をやって、
「セバス、全部出してやってくれ」
「かしこまりました」
セバスに20年分の帳簿を部屋まで運んでもらい、
私は、領地の問題の洗い出しをはじめた。
食事を忘れ、私は集中して数字を読み解き続けた。
が、帳簿というにはあまりにお粗末すぎる。
「帳簿というより、お小遣い帳だよこれじゃ」
項目がまとめすぎてるせいで在庫とかがわかりにくい。
この世界の帳簿の闇を感じながらも読むことを諦めなかった。
「やっぱり、どうにか止血をしているけど、
止め切れていない上に、新しい血が出来ていない」
横ばいの税収に対して、毎年増え続ける国への納税額。
20年分の帳簿を見終わったときには、窓の外は暗くなっていた。
「ふぅ――」
軽く伸びをしながら、荒れた庭を見下ろして、
「そりゃ、庭の手入れなんてしてる場合じゃない」
13年前までは、重税と言っていい額を領民に納めさせていた。
それが、13年前を境に国に納める税と少し上乗せした分しか徴収しなくなっている。
13年前だと、リズは2歳だからその時の記憶がない。
「13年前に何があったのかは、お父様かセバスに聞くとして⋯⋯」
問題はこれだけではない。
お父様は、領地にパン屋を持っている。
領民の殆どが利用しているようだが、
利益率が4%とあまりにも低すぎる。
設備が整っていないこの世界だとしても、
倍はあってもいいだろう。
これらから推察するに、13年前に何かが起きて、
お父様が、取るべき税と利益を取らない選択をしている。
私は部屋を飛び出し、お父様の書斎へと向かった。
「お父様、よろしいですか」
返事を聞く間もなく、ドアを開けた。
「リズ、食事も取らずに今まで帳簿を見ていたのかい?」
「はい」
「それで、なにを聞きたい?」
「お父様、13年前になにがありましたか?」
お父様は驚いた様子を見せた。
「よくそこに気づいたね」
「13年前を境に、領民への徴税が極端に減っています」
うーんと唸りながら、顎に手をやり考え込んでいる。
沈黙が部屋を支配しはじめたとき、お父様が重い口を開いた。
「13年前より以前は、私の兄が領主だったんだ」
それを聞いて、理解できた。
だが、急に領主が弟のお父様に変わった理由がわからない。
「お兄様は?」
「13年前に、馬車が崖から落ちてね」
それで、お父様が領主を引き継いだというわけか。
「でわ、お聞きします。お兄様の時代は重税であったかもしれません、
ですがお父様は、取らなすぎではありませんか?帳簿を見た限りではそう見えてしまうのです」
お父様の表情が一瞬こわばった様に見えた。
「どうしてそう思う?」
「13年前と以降での、領主邸の維持費を比較しました。
そうすると、お父様が領主となってからの維持費は3分の1にまで減っています」
私の話にしっかりと耳を傾けて居るのを確認し続ける。
「お兄様の時代に戻せとはいいませんが、増やすべきではありませんか?」
お父様は深く息を吸って、ゆっくり吐き出してから話しはじめた。
「兄の償いをしているだけだ」
両肘を机に載せて、視線を落とした。
「兄の訃報を聞き後を継ぐ形でここへやってきたとき、ここはあまりにも悲惨な状況だった」
お父様はパイプを出し、マッチで火を点けてゆっくりと深く吸い込んだ。
吐き出した煙が消えはじめた頃、お父様が口を開いた。
「豪華に維持されたこの屋敷とは対照的に、領民は明日食べるものさえなかった。
作物を植え採っても、狩りで肉を獲っても半分以上を納めさせていた」
「搾取に近いですね」
「若者はここを捨て外に出ていき、領民は減っていく一方。
だから、私は少しでも領民が生活出来るように徴税を抑えて、食べることに心配させないためにパン屋を設置した」
「でも、このまま納税額が増えると、3年で領地の作物をすべて納めても足りなくなります」
「リズは賢い子だ。そうだ、私がしてきたのはただの延命だ。
それは、わかっているが⋯⋯私がやれるのはこれしかない。
飢えで死ぬ領民をもう見たくないんだ」
パイプを持った手が震えていた。
帳簿を読みはじめたとき、私はお父様の領地運営に疑いを持っていた。
搾取は罪だが、甘さも罪だと思っていたから。
今は、領主であるお父様たちが割を食う形で成り立っているが、
国からの納税が増え続け、それに不作など予期しない事態が重なったときに、
この領地は3年と言わずに潰れる。
税を納められなければ、罰を受けるのは領主であるお父様だ。
私は、税を1割増やすことで3年を5年に出来ると踏んでいた。
それだけあれば、新しい稼ぐ手立てを作る時間を賄えると思っていた。
いや、数字上では成り立っていた。
だけどそれが、今正解なのかわからなくなった。
うなだれるお父様が小さく呟いた。
「責任はお父さんが取るから心配しなくていい」
それを聞いて続く言葉が出てこなかった。
「⋯⋯部屋に戻ります」
静かに書斎を後にした。
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