リズに足りないもの
「本当に置くだけなのか」
「カウンターの横に、試食自由って貼って置くだけよ」
バンズは大丈夫かよと言った顔をしているが、
無理に食べさせたら拒絶されるのは昨日体験している。
「まぁ、時折バンズさんとリリィさんには店先で食べてもらうけどね」
「食べることなら任せろ!」
実証という名の毒見以降、毎日食べてほど好きになったみたい。
「あら、いい匂いね」
パンを受け取った客が、
匂いに釣られ、匂いを辿りそれに目をやる。
「試食自由?リリィさんこれは?」
「ジャガイモですよ」
笑顔でジャガイモであることを告げる。
「ジャガイモね⋯⋯匂いは良いけど食べれないわね」
ジャガイモであること知ると、
関心は一瞬で無くなってしまった。
「ダメか⋯⋯」
工房から店舗の様子を覗いているけど、
匂いには反応するが、ジャガイモと知ると誰一人手にとってはくれなかった。
「しょうがない、食べてみせましょう」
私とバンズは店先に出て、わざと目立つようにジャガイモを頬張った。
「ホカホカで美味しいわね」
「腹持ちもいいし、スープに入れると絶品だぜ」
テレビショッピングさながらの試食を試みたものの、
客からは好奇の目でしか見られなかった。
「ママ、リズ様が食べているの食べたい」
「あれは、食べて大丈夫な人とそうじゃない人が居るからダメよ」
親子会話が耳に入ってきたけど、
やっぱり私とバンズは特別だと思われているみたい。
「誰も食べなかったな」
「最後の方頑張りすぎてお腹が苦しいわ」
ポッコリしたお腹を叩いて自虐的に見せてはみたが、
領主の娘としての立ち位置を実感させられた1日だった。
「明日も同じで行くか?」
「とりあえず同じことは続けるけど、切り札を用意するわ」
「切り札だ?」
切り札の中身を告げないままパン屋を後にし、
私はとあるところにその足で向かった。
「お父様よろしいですか?」
「リズか?入りなさい」
帳簿でやり取りした以来、久しぶりに訪れるお父様の書斎。
ここに来た理由は、私には領民から信用も信頼も足りていない。
だから、信用と信頼を持っているお父様を使うためだ。
書斎の錆びたノブを手にかけドアを開け中に入る。
中には、何かを読んでいるお父様と何かを探しているセバスが居た。
「お父様、お願いがあります」
「今度はなんだ?」
「お父様の信用と信頼を貸してください」
「どういうことだ?」
「領民の前で、ジャガイモを食べてもらえませんか」
お父様とセバスの手が止まった。
「毒芋を私に食せと言うのか?」
「いえ、毒芋ではありません」
毒芋と言うお父様に、私はきっぱりと言い切った。
「お嬢様、ジャガイモによる17年前の中毒騒動をご存知でしょうか?」
そんな私に、セバスは過去の騒動を告げる。
「知っています。17年前、領地内で見つかったジャガイモを前領主が栽培を命令し、
その後、それを食べた領民が腹痛や嘔吐の症状を訴え、7人の領民が死んだことも知っています」
「それならばなぜ、領主である私に食べろと言うんだ?」
「その時は食べ方を知らなかっただけなのです」
「食べ方?」
「正確には、毒があることと毒の除去の仕方です」
それを伝えると、お父様の顔が強張った。
「それならば、毒芋であることに変わりはないだろ」
「いえ、違います。ちゃんと処理をすればジャガイモはこの領地を支える重要な食料になるのです」
僅かだけど、でも確かにお父様の身体がこちらに寄ったのがわかった。
「なぜりんごは食べられているのですか?」
「⋯?」
「腐ったりんごを食べればお腹を痛めます。ならりんごは毒りんごですか?」
「なにが言いたい?」
「正しい食べ方をすれば問題ないものを拒絶するお父様がわからないからです」
お父様は拳を机に叩きつけて、
「領民を道連れに博打を打てというのか」
お父様は初めて感情を露わにした。
でも、この圧に負けたらダメ。
お父様がただ頑固ではなく、領民を想っての感情なのだから。
だから、私も領民を飢えさせないために、
ここで戦わないといけない。
ポケットからジャガイモを取り出し説明を始める。
「ジャガイモを食べて腹痛や嘔吐を引き起こす毒は、
芽と緑色に変色した部分にしかありません。ですので、そこを取り除けば無害になります」
「それが正しい根拠がないだろ」
「いえあります。私もアシュもパン屋のバンズさんも3日間食べ続けましたから」
お父様は椅子から立ち上がり、セバスが私に駆け寄ってきた。
「お嬢様、体調は大丈夫なのでしょうか?」
「まったく問題ないわ、むしろ太ったかもしれないわ」
「なんてことを⋯⋯」
冗談を聞いて安心したのか、椅子に座り直した。
「それならば、リズが皆の前で食べればいいんじゃないのか?」
「それではダメでした⋯⋯私には、信用と信頼が足りないのです」
「そこまでしてダメなら、ジャガイモにこだわることはないだろ」
「ジャガイモじゃないといけないのです」
私がここまでジャガイモにこだわる理由なんてとても単純だ。
「同じ畑なら、麦よりも4倍近く取れます。
しかも、発育も早いためそれが2回、3回と行えるのです」
「そんなにも⋯⋯」
お父様ならこの意味を正確に理解したはず。
「それだけじゃありません、麦は同じ畑で育てると発育障害を起こしますが、
ジャガイモは痩せた畑でも問題なく栽培できます」
持っていたジャガイモを机に置き、両手をついて続ける。
「麦は収穫しても、食べるためには工程が必要ですよね?
でも、ジャガイモは洗って芽と変色部を取れば茹でるだけで食べられます。スープ入れたっていい」
机越しに対面するお父様は目は真剣に私を見ていた。
「陽に当たらなければ、芽も変色も抑えることができます。
今から栽培をすれば、今年の冬は領民は食料に困らないでお腹一杯で過ごせます」
最後に念を押す。
「これを利用しないほど、この領地は豊かなのですか?」
「リズ、お前の熱意はわかった。一旦考えさせてくれ」
大きく息吸って返事をする。
「はい」
私は、やるべきことはやったと書斎を出た。
お父様はパイプを取り出し火を付けてゆっくりと吸い込む。
吐き出した煙が天井へ登っていくのを見つめながら。
「リズ、君は⋯⋯本当にリズなのか?」
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