過去の恐怖
翌日、私もアシュもバンズにリリィも体調は良好だった。
「中毒騒動を実際に体験してるのに、6個も食べるなんてやるわね」
「うまいのが悪いんだ」
バンズの言葉に笑いながら、
摂取量的な問題は大丈夫だと判断ができた。
後はどうやってジャガイモを浸透させるかだ。
「とりあえず、パン屋で前回みたいに試食してもうしかないわね」
茹でたジャガイモを半分に切って、パン屋に並べさせてもらう。
「悪いわね、競合になるものを試させてもらって」
「うまくりゃ文句はないさ」
バンズのこの性格が気持ちいいと感じる。
「ねぇお姉さん、これ食べていいの?」
私は笑顔で頷いて、
「食べていいよ!」
「リズ様、これも新しいパンですか?」
「これはジャガイモです」
その瞬間――
手に取った試食品を子供から奪った。
ジャガイモが床に転がり、砂にまみれていく。
「いくらリズ様でもこれはひどくありませんか」
怒鳴り声に、私は一瞬言葉を失い、
体温が一気に失われていくのを感じた。
「これを食べたらどうなるか、知らないんですか?」
母親の目には本気の怒りと恐怖が映っていた。
他の客たちも、次々と怪訝な視線を私に向ける。
「ちゃんと処理すれば問題ないんです」
「リズ様が食べられたと?」
「はい!私もメイドと職人のバンズさんも食べましたが、何も起きていません」
騒ぎに気づいて工房からバンズが顔を出し、
リリィから状況を聞く。
「奥さん、俺も食ったけど大丈夫だた」
しかし、その言葉は逆に火に油を注いだ。
「それは人によるんじゃないのですか?前も痛くならない人が居ましたし」
続くように他の客が言い放つ。
「豚の餌を食べろってことですか?」
「パンはもう売られないってこと?」
「だから、ジャガイモを食べれってことなの?」
不安が不安を呼び、店内が一気にざわめき立つ。
だめだ、感情が勝ってしまっている。
鼓動が早くなって、額に冷たい汗が流れる。
それでも、私は必死に声を張った。
「過去にお腹を痛めるのは、ジャガイモ本体ではなく、
芽と緑に変色した部分だけです。その部分をしっかり取り除けば
⋯⋯」
「リズ様はそれをどこで知ったのですか?」
痛い部分を突かれた。
「昔読んだ本に⋯⋯」
元の世界の記憶なんて言えない。
どうにかこれで押し切るしか――
「本ね⋯⋯」
客の一人が、隣の客と顔を見合わせ、
不思議そうな顔を浮かべた。
「でもジャガイモって、この領地固有のものじゃなかったかしら」
「じゃ、本に書かれていることが正しいかわかなくないですか?」
視線が一斉に突き刺さる。
私は言葉に詰まった。
これ以上は誤魔化しきれない。
そう思ったとき⋯⋯
「うわぁぁぁぁん!」
突然、子供の大きな泣き声が店内に響き渡った。
客たちは我に返り、気まずそうに視線を逸らし、販売が再開された。
床を見下ろすと、さっき落とされたジャガイモが、
誰かの靴でグチャグチャに踏み潰されていた。
アシュとバンズに両腕を掴まれ、私は工房に引きずり込まれた。
椅子に座らされて、掌から血が出ていることに気付いた。
「嬢ちゃんが言っても難しいよな」
「でも、バンズさんもアシュも食べたじゃない」
「私たちは、お嬢様の働きを見てきました」
「それに、中毒騒動をちょうど体験している奴らばっかだろうし」
その言葉で、私はようやく気づいた。
2人とは信用と信頼が生まれていた。
しかし、領民たちとは信用と信頼を構築できていなかった。
「ジャガイモは、諦めたほうがいいんじゃないか?」
バンズの問いは真っ当だ。
でも、私は首を横に振った。
「ジャガイモは植えてから3ヶ月で収穫できるの。
今から植え付け量を増やさないと、冬の食料問題を乗り切れない」
「そういう意図があったのか」
「だから、やるなら今なの!」
アシュが提案する。
「調理して出してみるのはどうでしょうか?」
「味が問題ならそれでいいけど、ジャガイモそのものが毒と思われているから無理ね」
バンズが呟く。
「黙ってパンに入れるか?」
「バレてパンも食べれなくなったら本当にこの領地潰れるわ」
答えが見つからない。
正しい処理をして、問題ないことを実証すれば受け入れられると思っていた。
そう高を括っていた自分が、腹立たしい。
「とりあえず明日は試食をやめましょう」
顔を上げ2人を真っ直ぐ見る。
「茹でたての匂いだけ嗅がせましょう」
「なんだそれ?」
「今日は食べてと言ったから拒否された。
自分から食べてもらうまで待つのよ」
「それで、お嬢様や私が食べるのを見せれば良いわけですね」
「そういうことよ!きっと食べたいと思う人は出てくるはずよ」
食べないなら、食べたくさせるしかない。
潰れたジャガイモを思い出し、弱気になりかけたが、
2人の顔を見ると明日も頑張ろうと思えた。
読んでいただき、ありがとうございました!
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