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魔術師の憂鬱  作者: 卓麻呂


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エピローグ

カイは、ゆっくりと息を吐いた。

肺が縮み、元に戻らない感覚がはっきりと分かる。呼吸というより、単なる反射に近い。


「……時間切れ、か」


誰に向けた言葉でもない。

研究室には彼しかいない。計測装置の低い駆動音と、冷却系の規則正しい唸りだけが空間を満たしている。

それでも、返事が返ってくる“余地”のようなものが、確かにそこに残っていた。


「俺は結局、長生きするタイプじゃなかったらしいな」


喉の奥がわずかに引き攣れる。


「伴侶を持てば違った? はは……無理だろ。

 誰かと人生を共有するほど、俺は自分の研究を手放せなかった」


自分で言って、自分で笑ったつもりだった。

だが、実際に鳴ったのは空気が擦れるような音だけで、感情としての笑いはどこにもなかった。


「真理に辿りつけなかった科学者。

 新技術だ、革命だって期待してた連中も、そろそろ愛想を尽かす頃だ」


視界の端が暗くなる。

だが皮肉なことに、思考だけは澄み切っていた。


「……いや、違うな」


短く否定する。


「呆れてなんかいない。

 あいつらは今も信じてる。

 俺の理論を“未完成のまま”受け取って、血眼になって次を探している」


口元がわずかに緩む。


「勝手なものだ。

 完成させるのは俺じゃないくせに、未来だけは疑わない」


胸の奥に鈍い痛みが走る。


「志半ばで朽ち果てる。

 研究者としては、まあ……よくある結末だな」


天井を見上げる。

そこに何か特別なものがあるわけではない。ただ、目を閉じる勇気がまだなかった。


「弟子、か」


声が低くなる。


「あいつの父親はタリアンだぞ。

 そんな男の息子が、俺なんかを尊敬する理由がどこにある」


少し間が空く。


「……いや、有能ではある。

 若輩だが、勘もいい。

 もうすぐここに来るんだろうな」


足先の感覚が完全に消えている。


「俺はもう、その頃には“機能”を失っている。

 それでも、あいつは期待を裏切らない」


短く息を吸う。


「何でもお見通し、ってわけじゃないんだろ。

 万能なら、最初からもっと楽なやり方があったはずだ」


鼻で笑う。


「選ばれた、か。

 世界に示すため?

 栄光を直接浴びせてやれないのが残念、だと?」


声に、わずかな苛立ちが混じる。


「悪いが、そんなものはいらない。

 名声も、評価も、称号も」


少しだけ間を置いて、静かに続ける。


「俺は、知りたかっただけだ。

 どうして世界は、こういう形をしているのか。

 なぜ数式が、思考の産物でありながら、現実を裏切らないのか」


沈黙。

装置の音がやけに大きく聞こえる。


「ロックは“使い手”だった。

 あいつは感覚で触れ、感覚で掴んだ。

 だが探究者じゃない」


指を動かそうとして、失敗する。


「魔法?……分かってる。

 だから俺がやった。

 理解する役目は、最初から俺に回ってきていた」


胸が重い。


「理論は未完成だ。

 穴だらけで、歪で、洗練とは程遠い。

 科学者としては失格かもしれない」


声が、かすかに強くなる。


「だがな。

 完璧である必要がどこにある?

 世界そのものが未完成だ。

 矛盾と偶然で出来上がっている」


息が浅くなる。


「なら理論だって、それでいい。

 未完成のまま、次に渡せばいい」


しばらく沈黙が続く。

時間の感覚が曖昧になっていく。


「……本当は、見たかった」


ほとんど囁き声だ。


「この理論が、どう世界を歪めていくのか。

 人間がそれをどう誤解して、どう利用して、どう発展させるのか」


かすかに笑う。


「石になる?

 意味は分からない。

 だが……まあいい」  

 

視界が白く滲む。


「どうせ死ぬなら、観測者で終わるのも悪くない」


最後の呼吸。

いったい俺は誰と何の話をしていたんだ?

意識がほどけていく感覚の中で、カイはほんの一瞬だけ未来を思い浮かべる。

人類にとって都合が良すぎるエネルギー。まさに魔法だ。

それを発見した自分の名がどう呼ばれるか。

末恐ろしい。まさか・・・


その想像が、心底気に食わなかった。


「魔法なんかではないはずだ。……科学者の俺が魔術師なんて、絶対に嫌だ」


それは祈りでも、抵抗でもない。

ただの、最後まで科学者であろうとした男の、率直すぎる呟きだった。 

本作品はこれにて終了です。僕の初めての作品になります。色々至らない点はありますが、自分の世界を作りあげるのって楽しいですね。完全に僕の趣味の世界です。もし気に入ってくれて最後まで読んでいただけたのなら大変光栄です。

次の話はカイの死から約150年後の話になります。現在執筆中です。完成したらアップしていこうと思います。

読んで頂きありがとうございました。

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