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魔術師の憂鬱  作者: 卓麻呂


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ロック(オルベリオ・スタイン)

ロックは、帰還後もしばらくの間、カイの研究に関わり続けていた。


数年という時間は、彼にとって「腰を落ち着けた」と言っていいほど長かった。

測定装置の扱いにも慣れ、石への接触手順や反応の癖を、誰よりも身体で理解していた。


事実として、石はロックに最も強く反応していた。

理論でも偶然でも説明しきれない相関が、何度も記録に残っている。


石が活性化する瞬間、ロックが近くにいる確率は異様に高かった。

彼が触れずとも、視界に入るだけで反応値が跳ね上がることもあった。


研究の進展に最も貢献した人間は誰か。

後年、関係者にそう問えば、多くがロックの名を挙げるだろう。


だが、本人はまるで興味を示さなかった。


論文の共著にも名前を載せず、

評価会議にも顔を出さず、

英雄扱いには露骨に居心地の悪そうな顔をした。


ある日、ロックは作業を終えたあと、いつもの調子で言った。


「俺は旅に出る」


理由は語らなかった。

引き止められる前提すら考えていない言い方だった。


カイは一瞬だけ何か言いかけたが、結局やめた。

リサは「そういう人よね」と短く言った。

誰も無理に引き留めなかった。


ロックは研究施設を出て、そのまま姿を消した。


放浪の旅に出た、という噂だけが残った。

どこへ行ったのか、何をしているのかは誰も知らない。

公式な記録にも、非公式な追跡にも、彼の足取りは残らなかった。


ただ一つ、確かなことがある。


時折、旧アストラルのクルーに手紙が届く。


紙の手紙だった。


簡素な便箋に、癖のある字。

内容はとりとめもない。


見たことのない空の話。

酒が不味かったという愚痴。

妙に旨いパンに出会ったという報告。


研究の話は一切書かれていない。

石のことも、マナのことも、未来のことも。


最後には決まって、短い一文が添えられている。


「みんな元気でやってるなら、それでいい」


差出人の住所は、毎回違う。


それでも、届く。


誰かがそれを可能にしているのか、

あるいは偶然なのか、

そこを深く考える者はいなかった。


ロックは名声を求めなかった。

歴史に名を刻むことにも、証明されることにも興味がなかった。


彼はただ、

石に一番近づき、

石に一番触れ、

そして一番早く、そこから離れた人間だった。


どこかで今日も、

知らない空の下を歩いているのだろう。


誰にも見つからず、

誰にも縛られず、

それでも、完全には消えないまま。


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