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魔術師の憂鬱  作者: 卓麻呂


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新たな危機

GC.119.1.21 15:12

ブリッジ

 ブリッジの照明は最低限に落とされていて、計器の光だけが点々と浮かんでいた。

外は音のない深宇宙。恒星の光は遠く薄れ、艦の外殻に触れるものは何ひとつない——はずだった。


ユナがセンサーコンソールに指を走らせる。虹色の波形が揺れ、特有の重力波の“ゆがみ”が浮かび上がる。

ユナの喉が、緊張でわずかに上下した。


「……センサーに反応あります。距離はまだありますが、重力波のパターンから見て、小惑星や自然天体の可能性は低いです」


ブリッジの空気が、ひやりと硬く締まる。


タリアンは椅子からゆっくりと腰を上げ、メインスクリーンを眺めた。

漆黒の宇宙の片隅に、微弱な光点がある。それはまだ“光”というよりは“予兆”に近い。


「なんだかうんざりするぐらいドラマチックな展開だな……」

薄い笑いを混ぜながらも、その顔には疲労と警戒が刻まれていた。

「できれば穏便にやり過ごしたいところなんだがな。仮に艦艇だとして……救助艦じゃない。来るのが早すぎる」


イグナスがスクリーンの光を受けて姿勢を正す。

この男は戦闘に関しては現実主義者だが、状況が極端になるほど直感を信じる癖がある。


「これはもう……選択の余地は無い、ということでしょうね」

イグナスは低く続ける。

「非科学的な言い方ですが……その石の“タイミング”に導かれているようにすら感じます」


タリアンが眉をしかめる。

感情を押し殺し、少し肩をすくめるようにしてため息を吐いた。


「そういうのは求めてないんだけどな。物語の主人公みたいな運命論は、肌に合わん」


しかし、否定できない。

石の検証を始めた直後に“誰か”が近づいてくる——偶然の確率としては悪質すぎた。


タリアンはユナへ振り返る。

「ユナ、リサとカイを呼んでくれ。」


「了解」

ユナはすぐに通信チャンネルを開き、ブリッジの静寂がひときわ濃くなる。


漂流する巨体は、逃げる足を持たない。宇宙の暗黒に浮かぶただの標的——そういう現実が、胸の奥にじわりと広がる。


やがて、ハッチが開く音が響く。その瞬間、ブリッジの緊張はさらに一段階引き締まった。

これから先の判断が、艦の生死を左右する。そんな空気が満ちていた。


続きでは、全員が揃い、石をどう使うか、そして迫り来る“何か”への対応が動き始める。


タリアンは機関室の天井パネルへと視線を滑らせた。薄い振動が床を通じて靴底に伝わってくる。船全体が、ゆっくりと壊れていく未来の姿を予告しているようだった。


「そういう事だ。余談を許さない状況になりつつある。」


その声は冷静だったが、張り詰めているのは誰の耳にも分かった。


リサが、解析コンソールに手を置いたまま振り返る。指先がわずかに震えているのは、気温ではなく混乱のせいだ。


「待って。検証はまだ終わってないのよ。なんであんな現象が起きたのか、本気で見当もつかないの。理屈に合わないことが起きているのに“使う”なんて、正直リスキーどころじゃないわ。」


タリアンは顎に手を当て、カイへ目線だけ送った。


「でも結果だけ見れば十分すぎるほどだったんだろ?カイ。」


カイは気まずそうに首の後ろを掻いた。


「ああ……まあ、そうなんだが。説明できる理屈を積み上げても、結局“なぜ起きるのか”までは辿り着かない。結果だけ転がってきて、それがまた正確という、なんとも気味の悪い状態でな。」


リサが深くため息をつく。目の下に浮かぶ疲労の色は、未知に挑んできた時間の濃度そのものだった。


「そうなのよ。理由が分からないのに、結果だけは出る。博士が何ひとつ核心に触れないままだった理由が、ようやく肌で理解できた感じね。今回の追加検証で何か新しい手掛かりが得られる保証は、正直まったくない。分からない技術を“使う”のは、技術者として最も踏み出したくない領域よ。」


その時、機関室に低い警告音が鳴り響く。融合炉の出力曲線が微妙に脈を打つように乱れ、外殻の振動はじわじわ確実に増していた。ブリッジに一瞬の沈黙が流れる。


静寂を破ったのはユナだった。彼女の声は澄んでいて、覚悟の芯が通っていた。


「私は艦長の判断が正しいと思います。このままだと、長くても一日以内には接触の可能性があります。結果が出ているなら、それを使わない理由はないと思います。技術が完全じゃなくても、希望になるなら賭けるべきです。私は艦長を信じています。」


タリアンは虚を突かれたように瞬きをする。思わぬ力強い援護射撃に、胸の奥が一瞬跳ねた。ユナのまっすぐな視線に捕まれ、逃げ道を塞がれた子供みたいに固まる。


そして、ほんのわずかに声が掠れる。


「…お、おう」


ユナが静かに微笑む。そのわずかな表情だけで、張り詰めた空気に極小の綻びが生まれた。


しかし状況は好転したわけではない。理解不能、因果関係すら見えない、得体の知れない技術。なのに、それが唯一の突破口になってしまっているという皮肉。


機関室を満たす振動が、まるで運命のカウントダウンのように刻まれていく。


選択を迫られるのは、いつだって人間の側だ。

宇宙の理不尽は、今日もきっちり帳尻を合わせにやってくる気配があった。


「……皆に知らせないといけないな」


タリアンはそう呟くと、艦橋の中央で立ち止まった。

言葉は静かだったが、その場にいた全員が背筋を伸ばす。艦長が「知らせる」と言う時、それはもう決断が避けられない段階に来たという合図だった。


「一時間、考えさせてくれ」


それだけ言って、彼は艦長席に腰を下ろす。照明を落とした艦橋で、星図がゆっくりと回転し、計器の数値だけが淡々と時間を刻んでいた。誰も声を出さない。艦橋には、機械音と遠くの空調音だけが残る。


タリアンは肘を膝につき、指を組んだ。

逃げ道はない。奇策はある。ただし賭けだ。

艦長として一番嫌いな種類の判断だが、それでも、選ばなければならない。

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