技術屋の魔法
GC.119.1.21 10:00
機関室
機関室はいつもと変わらず、整理整頓が行き届いている。リサの性格が滲み出ているようだ。そんな中タリアン、カイ、リサ、ロックの4人は妙な緊張感に包まれていた。
冷えた金属の匂いと微かに焦げた断熱材の匂いが漂う。
リサは作業台に置かれた謎の装置――例の“石”と計測インターフェースの間にある黒いケーブルをつまみ上げた。
「とりあえず、点火系ラインに接続してみるわ。って言っても……どう繋げばいいかなんて、分からないのよね」
彼女はケーブルを眺め、肩をすくめる。
「もう“くっつけてみる”くらいの勢いでいいかしら?」
カイは端末に接続しながら静かに頷いた。
「そんなところだろうな。今はとにかく現象の確認が大事だ。データは全部取っておいてくれ。何かしら反応があれば、俺の学者人生としては歓喜の舞いを踊りたいくらいなんだが」
ロックは与圧服の腕部シールを締めながら、にやりと笑った。
「なんだか博士、楽しそうじゃねぇか。顔つきがマッドサイエンティストになってるぜ。こっちまでワクワクしてきた」
タリアンがヘルメット越しにロックを睨む。
「お前は毎回ワクワクしてるな。はしゃぎすぎるなよ。何が起こるか分からないんだぞ」
ロックはヘルメットを脇に抱えたまま肩をすくめる。
「分かってるよ。けどよ、未知の現象なんだろ?何が起きるかわからないなんてロマンじゃねえか。技術屋の血が騒ぐってもんだろ。」
カイも端末の光の中で小さく笑った。
「正直に言えば、俺も興奮してる。こんなチャンス……宇宙史の教科書に載るレベルだ。奇跡みたいな瞬間に立ち会えるんだ。興奮しないほうがおかしい」
機関室は重い静寂をまとっていた。
いつもなら低い重低音で“動いていること”を主張する融合炉が、壊れかけた鼓動のように不安定な振動を漏らしているだけだ。
タリアン、リサ、カイはコンソールの並ぶ操作区画へ。
ロックだけが与圧服を完全装備し、点検口へ潜り込む任務を任された。
ロックがヘルメットを装着し、最後に親指を立てる。
「じゃ、行ってくるわ。もし帰ってこなかったら、俺のニュートリバー・βは艦長に贈呈しようじゃないか」
タリアンがため息をつく。
「はいはい。くだらない遺言は帰ってきてからにしろ。無線は常時オンだ」
点検口のハッチが開き、ロックは重い身体をひねりながら内部へ潜り込んだ。
金属板が軋み、光がスリットの向こうに吸い込まれる。
ハッチが閉じられると、コンソール区画に静寂が戻った。
代わりに聞こえてくるのは、ヘルメット越しのロックの呼吸音だ。
──ザッ……ザ……。
ロック(無線)「よし、炉心アクセスダクトに入った。例の石の装置、点火系の基盤ラインに持っていくぞ」
リサはメインの計測パネルを立ち上げ、融合炉内部の電位・温度・磁場を表示する。
「こっちは準備OK。ロック、ラインの形状が歪んでるから無理に押しつけないで。軽く触れさせるくらいで十分よ」
ロック「分かってるって。こんな時に力技はやんねえよ。……お、見えた見えた。点火ユニット、目の前だ」
カイはサブ端末に現象測定用のウィンドウを並べる。
「ロック、装置の側面……その銀色のパネルに触れれば、石は“反応状態”に入るはずだ。触れた瞬間からデータを取る」
ロック「了解。じゃあ行くぜ……」
機関室に緊張が走る。
リサの手はパネル上で微かに震え、タリアンは眉間に指を当てたまま固まっている。
カイは“何が起きても見逃さない”という研究者の目で画面に張り付いていた。
ロック「……今、石のパネルに触れた」
機関室は、戦艦アストラルの中でも最も重い空気が漂う場所だった。
停止した融合炉は、かつて恒星のように光と熱を吐き出していたことが信じられないほど静かで、巨大な灰色の彫刻になり果てている。天井を這うパイプは微弱な冷却音を鳴らしているが、それすら、この場の緊張を強調するために存在しているように思えるほどだった。
点検口のハッチが半開きになり、その奥にロックの影が吸い込まれている。
分厚い金属の向こうで、彼は与圧服の関節をゴキリと鳴らしながら作業姿勢を整えていた。
コンソール前にはリサ、タリアン、カイが並んで立ち、まるで深海に沈んだ沈没船の黒い窓を覗くような緊張で計器を見つめている。
数字は静止した風景のように、平坦なまま微動だにしない。
沈黙が続くほど、周囲の機械音がやけに大きく聞こえた。
薄い振動が床から足裏へと伝わり、そのたびに現実へ引き戻されるのに、意識は不気味な期待に引きずられていく。
リサが腕を組み、ふっと息を吐いた。
「……特に何の反応もないわね。電圧も電流もゼロ。誘導反応も確認できない」
カイは難しい顔をして、データログをスクロールさせる。
表示される時間だけが延々と進むのに、波形のひとつも動かない。
この“無反応”そのものが彼の神経を削っていた。
無線の向こうからロックの声が聞こえてくる。
少しノイズが混じり、機械に囲まれた狭い空間で話しているのがよく分かる。
「やり方が悪いのかな……?なぁリサ、俺の筋肉が美しく見える角度とか、そういうの意識すべきか?」
「バカなこと言わないの」
リサが切り捨てるが、声には不安を隠しきれないざらつきがあった。
ロックはそもそも言葉で説得される男ではない。
姿勢を変える金属音がして、彼が点検口の奥でムキムキと動いているのが目に浮かぶ。
「こういうのは気合いなんだよ。気合い入れねえと、石も反応しねえだろ?」
「気合いで融合炉が動いたら苦労しないわよ」
リサが呆れるように言った瞬間——
裂帛の叫びが無線から響き渡った。
「うおおおおおお!!」
一瞬、その場の空気が押し返されたように感じられた。
コンソールの数値がピクリと揺れた。
リサが反射的に身を乗り出す。
「……ま、待って。出力——上がってる……!?」
タリアンも思わず画面を覗き込む。
小さな波が、さざなみのように揺れ始め、それがわずか数秒で階段状に跳ね上がった。
ロックが得意げに答える。
「気合いだ」
「わからないわよ!!」
リサは叫んだ。
その叫びとともに、さらにグラフが跳ね上がり、融合炉の奥で微かな反響音が鳴った。
「でも……すごい……なにこれ……」
ロックは勝ち誇った声をあげる。
「俺の筋肉はいつだって凄いんだぜ?」
「違うわよ!!」
リサが怒鳴るが、目はコンソールに釘付けで、怒りより恐怖の方が濃かった。
数値は明らかに“修復”の兆候を示している。
ライン抵抗が減り、内部循環が一時的に正常値へ近づいていく。
まるで壊れた回路が、外部からの意思によって矯正されているような振る舞いだった。
カイが息をのむ。
背筋に走る寒気が抑えられないらしく、腕を軽く抱いて震えを押さえていた。
「……どうした事だ……?俺は……悪い夢でも見てるのか?数字が……意味不明だ……鳥肌が……止まらない……」
ロックの声は緊張をものともせず、むしろ楽しげだった。
「どうだ博士?科学の向こう側ってやつに触れてる気がするだろ?」
だがリサは笑う余裕など一切ない。
「出力が……どんどん上がってる……。これ速度おかしいって……何?怖い……怖いわよ……!」
タリアンは拳を握りしめながら、コントロールパネルに反応値の変化を映し続ける。
緊急警告が出るほどではないが、常識を外れた速度で値が変わる状況は、彼の経験からして明らかに異常だった。
その異常さは、機関室全体に「何かが覚醒しかけている」ような錯覚を生む。
つい一時間前までは沈黙した残骸にすぎなかった融合炉が、今は脈動を取り戻しつつある。
いや、“脈動させられている”ようでもあった。
そのすべてが、点検口の奥にいる筋肉男の怪しい気合いの直後に起きているという、不条理の極み。
リサは決意を飲み込み、声を張った。
「検証をいったん終わらせるわ!これ以上は危ない。今はただの現象に振り回されてるだけよ……データを解析して、何が起こってるかを把握しないと、こんな状態で一発勝負なんてできない!」
その言葉は、緊張がピークに達した室内に、“現実”を戻すように響いた。
カイが深く息を吸い、静かに頷く。
「……そうだな。正しい判断だ。検証しないとただの博打になるだけだ」
ロックが無線越しに「了解」と言い、石をそっとラインから離した。
それと同時に、コンソールの数値が急速に落ち着き始める。
濁流のように荒れていたグラフは、徐々に静寂へ回帰し、再び“冬眠の状態”へ戻っていった。
その沈黙は、つい先ほどまでの“無反応の静けさ”とはまったく違う。
まるで内部に得体の知れない“意思”が宿り、息を潜めているような——そんな生々しい沈黙だった。
誰も言葉を発せないまま、機関室に重たい静寂が降りた。
しかし全員が理解していた。
この瞬間を境に、アストラルは、そして彼ら自身の未来は、もう後戻りできない地点へ踏み込んだのだと。
続きは、さらに深い未知へ沈んでいく。




