カイ・ノルド
カイにとって、タリアンという存在はいつだって自分の対極にあった。
初めて出会ったときからそうだった。陽気で、誰にでも気さくに話しかけ、場の空気を読むことに長けている。対して自分は、論理と原則を最優先にし、人づきあいは不得手。けれど、そんな堅苦しい自分にタリアンは臆することなく踏み込み、笑いながら世界を広げていった。
あいつには、どうしようもなく人を惹きつける何かがある。
真っ直ぐで、雑で、だが根っこの部分は温かく、嘘がない。
カイはそれが好きだった。羨ましくもあった。
勉強嫌いのタリアンが「就職する」と言い出したとき、カイは焦った。
彼の頭の回転の速さ、場を読む直感、状況を一瞬で把握する勘。どれもが天性の資質だった。なのに、それを使わずに流されるように生きようとしているのが、どうしても惜しかった。
気づけばカイは、勝手に士官学校の願書を取り寄せていた。
経済的支援制度を調べ、推薦書まで書き上げ、提出書類を整えた。
すべて、自分が“正しい”と思う道へ友を押し出すためだった。
書類を机に並べた夜、タリアンは目を丸くした。
「お前、ほんとにこれ全部やったのか?」
「お前に合ってると思う」
短く答えたカイに、タリアンはしばらく黙り込み、やがて肩をすくめて笑った。
「お節介もここまでくると才能だな」
それが二人の分かれ道になった。
カイは研究の道へ、タリアンは軍の世界へ。
そして月日は流れ、互いに違う空を見上げながら、それぞれの場所で生きてきた。
カイの研究者としての人生は、静かで、孤独で、だがそれなりに満たされていた。
理論の中に秩序を見つけ、実験の失敗に因果を探し、思考を積み上げていく日々。成功もあったが、喝采の裏にいつも虚しさがあった。人は称賛してくれるが、誰も本当には理解しない。
そんな中で、今——彼は再びタリアンと同じ船に乗っている。
この航海で、カイは科学者としての人生で一度も感じたことのない“異物”に触れていた。
人間の理屈では説明できない、世界の深層に食い込む何か。
それを目にした瞬間、カイは思った。
——ここに、科学者として魂が震える現象がある。
この謎を解くためなら、自分の人生を賭けてもいい。
タリアンとの出会いからすべてが始まった気がする。
運命という言葉は嫌いだ。科学者として、そんな非論理的な概念を信じたくはない。
だがもしそれがあるのなら、今回だけは少しだけ信じてもいい。
カイは静かに笑みを漏らした。
あの時、士官学校の願書を整えた夜。机の上に散らばる紙の匂いと、ランプの灯りが揺れていた光景が蘇る。
あれは単なるお節介だったかもしれない。だが、そのお節介が今、こうして彼らを同じ船に乗せている。
窓の外では、星々が淡く輝いている。
科学の光でも、信仰の炎でもない。
ただそこにある、世界の神秘。
カイは呟いた。
「タリアン……お前を引っ張った俺の手が、結局は自分をここへ導いたらしい」
誰に向けるでもない独り言が、研究室の静けさに溶けていった。




