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魔術師の憂鬱  作者: 卓麻呂


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技術者の戦い

GC.119.1.16 11:45

 機関室

   

機関室の照明はやや落とされ、ターミナルの光だけが二人を照らしていた。

リサとロックは、端末を並べて腰をかけ、複雑な配線図を何度も拡大したり、数値を走らせたりしている。

壁のモニターには、ルナトレースの融合炉とアストラルの動力系統が重ね合わせで表示されていた。


「ここを直結すると、過電流が走るな」

ロックが低く呟く。


「なら、この中継ユニットを一度挟むのよ」

リサが指でラインを描く。

「ただし、電位差の処理が間に合わない。瞬間的にリミッタを解除する必要があるわね」


「解除? 危険だな。全系統が落ちる可能性がある」


「でも、そうしないと通電が安定しない。数値的には許容範囲内よ」

リサはタブレットを軽く叩いた。

「理論上、ね」


ロックは顎に手を当てて考え込む。

「俺は理論上って言葉、好きじゃないんだ」


「私は好きよ。は気が合わないわね」


「そうだな。じゃあ、整流ユニットを並列に二系統にする。リスクは減るが効率は落ちる」


「いいじゃない。命令系統を少し遅延させて、タイムラグで安定化を図るのもありね」


二人のやりとりはまるで呼吸のようだった。

互いに妥協せず、だが歩みを止めない。

画面上の赤いラインが青に変わるたびに、どちらかが小さく息を吐く。


「配線経路はどうする?」

「補給デッキの通信用ハーネスを流用。ケーブル長は約百三十メートル」

「抵抗値は?」

「計算済み。許容範囲内」

「冷却配管の干渉は?」

「こっちでバイパスさせる」


数分の沈黙が訪れる。

リサが表示された回路図を見つめながら、呟いた。


「ロック、私たち、結構無茶してるわよね」


「今さら何を。俺は常に無茶してる」


「……それもそうね」


二人の視線が交差し、ほんの一瞬だけ笑みがこぼれた。

しかし次の瞬間、リサの指が再び動き出す。


「リスクを最小限に抑えるために、遮断システムをここに追加するわ。もし過負荷がかかっても、ルナトレース側だけで遮断できるようにしておく」


「いい案だ。船全体を巻き込む心配がなくなる」


リサは頷き、深呼吸した。

「10時間以内にやるわよ。」


ロックは腕を鳴らしニュートリバーβを握り潰す。

「寝不足は筋肉の敵なんだがな」


「そんなの今さらでしょ」


機関室の静寂の中で、ターミナルの光が彼らの横顔を照らす。

スクリーンに映る複雑な回路図が、まるで未知の迷路のように広がっていく。

その先にあるのは成功か、もしくは——破滅か。


だが、二人の目に迷いはなかった。


GC.119.1.16 11:55

 ブリッジ

 

ブリッジは、沈黙という名の緊張に包まれていた。

計器の光が照明代わりに揺らめき、艦を包むように低い駆動音が響いている。


「――こちら機関室。設計と確認は十時間以内で終わらせるわ。それまでにケーブルと接続ユニット、全部揃えておいて。急いでね。」

通信越しのリサの声が短く響き、途切れた。


その一瞬の空白を破るように、イグナスが報告を続ける。

「救助艦の到着は最短で四十五日後とのことです。現在の推力低下を考慮すると、オルフェウス006までの自力航行は非現実的かと。……救助を待つのが、最善でしょう。」


タリアンは無言のまま、スクリーンに映る航行マップを見つめていた。

星々が散る黒の海。そこにルナトレースの位置を示す光点が、まるで孤島の灯台のように瞬いている。


「そうだな……」

ようやく口を開いた彼の声は、疲労と決意のあいだを漂うような低さだった。

「救助を待つしかないだろう。だが――問題は別にある。」


タリアンの視線が、ふとスクリーンの端に向く


「この宙域は、もともと安全圏じゃない。救難信号を出してる今、俺たちは漂ってるエサみたいなもんだ。」


イグナスは口を引き結んだ。

「……海賊、ですね」


「ああ。」

タリアンは短く答えた。

「だが、これはもう運しかない。見つからないよう祈るだけだ。」


その言葉に、ブリッジの空気が一瞬だけ冷たくなった。

理屈も戦術も意味をなさない“宇宙の運”――

誰もがそれを理解しながら、何も言えずにいた。


タリアンは静かに立ち上がり、前方の窓に手をついた。

遠くの星が、冷たい光を返す。


「……まあ、運は悪くない方だと思いたいな。」

少しだけ笑うその声に、緊張がほんのわずか和らぐ。


イグナスは短くうなずき、端末に指を走らせた。

「警戒モードを維持します。救助信号は継続――ですが、周囲宙域の監視を強化します。」


「頼んだ。」

タリアンは再び窓の外を見つめる。

どこかで、誰かがこちらを見ているような気がした。

静かな漂流の中で、ただ星々の輝きだけが希望のように続いていた。 


  

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