科学者の勘と技術者の仕事
GC.119.1.16 11:30
機関室
カイはリサとロックの緊迫したやり取りをぼんやりと聞いていた。
彼はふと、傍の測定装着へ視線を移す。機関室に来る際に思わず持ってきてしまったのだ。
淡い光をたたえていたそれは、今やまるで鼓動するかのように明滅している。
光の強弱が、不思議と自分の思考のリズムに呼応しているように感じられた。
「……また反応してるのか。」
低く呟きながら、カイはそっと石に手を触れる。
様々な観測機器を通せば、確かに何らかのエネルギーが検出された時もあった。
だがそれは毎回異なる結果だった。既存のどんな分類にも当てはまらない。
電磁波でも、熱エネルギーでもない。
もし既知の強力なエネルギー源なら、こうして手で触れることなど到底できるはずがない。
つまりこれは、既知の物理現象ではない“何か”だ。
カイは額に手を当てて考える。
理屈では説明できない。
だが、どこか「人間の意思」に反応しているような気がしてならない。
観測者の感情、あるいは集中――そういった曖昧な要素と、何らかの関係があるのかもしれない。
「……まるで、こちらの気分を読んでいるみたいだな。」
そう呟くと、石は一瞬、まるで返事をするように淡く光った。
カイは思わず苦笑する。
「俺は科学者だ。そんな発想は邪道だろう。気のせいだ。……きっと。」
だがその笑みの奥には、抑えきれない好奇心の火が確かに灯っていた。
測定装置――配線むき出しの、即席の回路群が、大きく動作している。
ゲージが、規則性のないリズムで動いていた。
「……おかしいな。」
研究室ではたしかに電気に変換できていた。今も変換されてはいる。しかし、電気だけではない?
カイは目を凝らす。
石から放出される未知のエネルギーを、電気エネルギーとして変換しているつもりだった。
だが、違う?
「変換してるんじゃない……“使ってる”?」
言葉にした瞬間、背筋に冷たいものが走る。
この装置は、石が発している“何か”を別の形で引き出している。
つまり、カイの作った機構そのものが、知らぬうちに石の“力”を利用している――そうとしか考えられない。
だが、それはどういう理屈なのか。
回路図を思い返しても、そこに特別なエネルギー変換の要素など一つもない。
それなのに、確かに動いている。
「……どういうことだ。」
そう言いながらも、カイの目にはあの独特の輝きが戻っていた。
もしかすると、これこそが突破口かもしれない。
理論ではなく、勘――いや、感覚で掴むしかない領域。
科学者として最も危うく、そして最も魅力的な場所に、彼は足を踏み入れてしまった
GC.119.1.16 11:35
ブリッジ
ブリッジには、低く唸るような警告音が絶え間なく響いていた。
融合炉の出力はすで50%台になっている。計器の針は不安定に震えている。
誰もがその数字を見つめながら、無言のまま息を殺していた。
「……ここまで落ちたら、維持限界はそう長くないな」
タリアンが呟くと、空気が一段と重くなった。
「点火系の異常だわ。現場での修理は無理よ」
リサが端末を見つめながら報告する。その声にはわずかな苛立ちが滲んでいた。
通信が入る。ロックの声だ。
《艦長、提案がある。ルナトレースの融合炉をアストラルに接続する。小型炉の出力をこちらに回せば、延命できるかもしれん》
タリアンは一瞬黙り込み、イグナスと目を合わせた。
「リスクは?」
リサが答える。
「理論上は小さいわ。小型炉から大型炉への供給だから。逆なら危険だけど、この場合は電位差の制御も容易。安全よ」
ロックが続ける。
《ただし、あくまでも延命だ。必要エネルギーの半分も賄えない。止めるまでの時間稼ぎにすぎない》
タリアンの指が肘掛けを軽く叩いた。
沈黙。
艦橋の照明が赤警を反射して、彼の顔を硬く照らす。
「……つまり、やらなければ終わり、ということだな」
リサが小さく頷く。
「まぁ色々問題はありそうだけど、そういう事ね」
イグナスが深く息を吐き、腕を組んだ。
「このまま手をこまねいているわけにもいきません。やるしかないでしょう」
タリアンはゆっくりと立ち上がり、前方のスクリーンを見上げた。
虚空に浮かぶ星々が、静かに瞬いている。
「……よし。ルナトレースとの接続を許可する。」
《了解、艦長》
ロックの声が一瞬だけ安堵を帯びて返ってきた。
リサが即座に手順を入力し始め、ブリッジの空気が動き出す。
タリアンは一度だけ目を閉じ、短く息を整えた。
「やるぞ」
イグナスが静かに笑う。
「やらなければ次は無いようですからね」
その言葉に、タリアンは口角をわずかに上げた。
次の瞬間、ブリッジ全体が微かに震え、延命のための危険な作業が始まった。
「機関出力、50%台はキープしてます」
ユナの報告がブリッジに響く。タリアンは眉をひとつ寄せた。
「どれくらい持つ?」
リサの声は落ち着いていた。
「この感じだと猶予はいいとこ2日ってところね」
タリアンは深く頷くと、息を整えた。
「二日あれば、設計と準備は可能か?」
「やってみせる」
その言葉と同時に、ロックの低い声がインカムに入った。
機関室ではすでにシステム解析が始まっており、リサとロックが同じターミナルに並び、端末に指を走らせている。
リサがディスプレイを指差す。
「ルナトレースの融合炉出力を、この経路に一度中継して……ここで電圧を整流、電位差を落とす。アストラル側の変換ユニットと整合すれば、供給は可能よ」
ロックが腕を組んで唸った。
「理屈は通ってるが、これだけの電圧を扱うケーブル、在庫あるか?」
「工業用の高耐圧ケーブルを保安庫から回すわ。長さが足りなければ、船体通信用の予備を使う」
「大胆だな。艦長に怒られるぞ」
「そのときはあなたも一緒に怒られるのよ」
リサがわずかに笑う。
「助からなけりゃ永遠に怒られることもないからな」
ロックも笑い返した。だがその目は真剣だった。
二人の指が、タブレットの上で踊るように動く。
機械的な解析音、端末の電子音、そしてリサの静かな声が、機関室に緊張感を生み出していく。
「目標は一日以内に設計完了。シミュレーションまで終わらせる。問題が出なければ明日には実装できるわ」
「了解。ケーブルと接続器材は俺が見ておく。溶接用のチームにも声をかけておこう」
「お願い」
リサは深く息を吸い、立ち上がった。
艦内の明かりがわずかに瞬く。まるで船自体が、彼らの決断に応えるようだった。
「まだ時間はある。でも、もう余裕はない」
彼女は独り言のように呟き、再び端末に向かった。




