トラブルの原因
GC.119.1.16 10:10
機関室
機関室の扉が重々しく開くと、ロックが姿を現した。
「ブリッジに報告してから5分も経ってないんだけど・・・しかも与圧服着てるし」
ヘルメットは外しているが、与圧服は身に着けている。普段の陽気な雰囲気はなく、どこかピリピリした空気を漂わせていた。
「問題ないはずなのに問題が起きてる?」ロックの声は低く、妙なな冷静さを帯びている。「そりゃ、問題ないのを疑うべきだ。センサー系に異常は?」
リサはメインコンソールに視線を落とし、タブレットを操作しながら答える。
「まさかそんな……いや、でも……」
「俺はそっちを調べる。リサはメインコンソールを見てくれ」ロックは力強く言い放ち、点検口へと歩を進める。
リサはタブレットを手に真剣な表情でモニターを追い、頷いた。
「分かったわ。」
二人の間には言葉少なだが確かな連携がある。表示上は異常はない。だが、ロックはセンサー異常を疑い、点検用ドローンを手に点検口に入っていく。リサはデータを見守る。機関室に静けさが漂った。
GC.119.1.16 10:12
研究室
カイが手に取った石が、ひときわ強い反応を示した。カイお手製の測定器も振れ幅を増し、大きなエネルギーを感知する。胸の奥で何かがざわつき、彼は直感的に「何かある」と思った。
すぐにブリッジに連絡を入れる。「…何かトラブルでも?」
返ってきたユナの声は緊張していた。「機関に異常が出ています。博士にも助力をお願いします」
カイは迷わず立ち上がる。自分の力が少しでも役に立つかもしれない——その思いが背中を押す。廊下を駆け抜け、金属の冷たい感触を足元に感じながら、機関室へと急いだ。
GC.119.1.16 10:30
機関室
「表面上は異常なし……だが、何かがおかしい。」
ロックはドローンを操作しながら一つずつ確認していく。
「リサ、メインコンソールのサイドパネルを開けてくれないか」
ロックがリサに指示を出す。
「わかったわ」
そこへ、息をはずませながらカイが駆け込んできた。
「俺も手伝おう」
「助かるわ」
パネルには、先日の海賊との戦闘でついた弾痕が残っていた。
カイがリサに工具を手渡し、パネルを開ける。カイはタブレットの配線図を呼び出し、目を走らせる。ロックが短く指示を飛ばす。
「配線の損傷を確認してみてくれ。一部のセンサーの通電が確認できない」
「……これは!? 線が数本、完全に断線してるぞ。これじゃないのか?」
カイが呟く。
「やはりか……! センサーが正常値を示してるのはこれが原因と見て間違いないな」
リサがのぞき込み、苦い顔をする。
「弾丸がパネルを貫通してたのね。海賊との戦闘でやられたんだわ……今まで気づかなかったなんて、不覚だわ」
ロックが静かに首を振る。
「仕方ないさ。全て把握するなんてできないんだ」
「でも、見つけられた。とりあえずセンサーを正常にするのが先決だ」カイが言うやいなや、手早く配線加工を行っていく。
「これで炉に何が起きてるか分かるわね」
リサが呟く。
カイが手際よく断線を仮復旧させると、モニターに次々とデータが戻り始めた。
警告灯が一瞬、静まる。だが安堵する間もなく、新たな警告が点滅する。
「センサー系、復旧完了」リサが報告する。その声にはわずかな緊張が混じっていた。
「……やっぱり出たわね。炉の異常。出力が不安定、このままだと融合炉が停止するわ」
カイが画面をのぞき込み、眉をひそめた。
「点火系の異常反応? 」
リサが頷く。
「そう、リコールの部分ね。やっぱり関係あるじゃない」
カイが短く息を吐いた。
「点火系トラブルとなると融合炉を止めるわけにはいかないな。」
「マッドのリコール情報だとそんな深刻なトラブルではなかったはずなんだけどね」
リサが呟く。
「そうね……でも、可能性は、やるべき事はやらないと」
リサはコンソールに向き直る。指先が素早くパネルを操作し、通信ラインを開いた。
「リサよ。融合炉点火系に異常反応、機関停止の可能性があるわ」
GC.119.1.16 10:42
ブリッジ
タリアンはシートの肘掛けに手を置き、静かに息を吐いた。
「参ったな……。まずは本部に連絡だ。救助を要請する。オルフェウス006への予定航路を送信してくれ」
イグナスは短く頷く。
「了解しました」
指がコンソールの上を滑り、航路データが転送ラインに流れ込む。
ふと、彼の脳裏に祖父の顔がよぎった。
イグナスは一瞬、拳を握りしめる。だが、すぐに振り払うようにして操作に戻った。
「航路データ、送信完了」
タリアンはうなずき、前を見据えた。
「……時間との勝負だ。機関が持つうちに、やれることを全部やるぞ」
ブリッジの照明がわずかに落ち、赤い非常灯が点滅する。
宇宙の静寂の中、船はかすかに震えているようだった。
ユナはブリッジの片隅で、緊急灯の赤に染まったスクリーンを見つめていた。
炉心異常——その文字を何度も確認しても、心の奥は不思議と静かだった。
怖い? ……そうね、怖いはずよ。
人類が宇宙で活動するようになってから、数え切れない事故が起きた。中には悲惨としか言いようのないものもあった。
機関停止なんて、その中でも最悪の部類。救助がすぐに来ないこの宙域では、ほとんど死刑宣告に等しい。
——それなのに、どうして私はこんなに落ち着いているの?
ユナは自分の胸に問いかける。
艦長が、なんとかしてくれそうな気がする。……ううん、そういう単純な信頼じゃない。
でも、やっぱり艦長が何とかしてくれる気がするの。
ダメ、そんなのは都合がよすぎる。
いくら艦長のことが好きでも、そんな奇跡を期待しちゃだめ。
そう思っても、胸の奥の小さな声は消えない。
大丈夫、きっと何とかなる。艦長がいるから。
ユナはその声を必死に押さえつけながら、再び端末へと視線を戻した。
ユナは深く息を吸い込み、気持ちを切り替えた。
警告音が再び鳴り響く。ディスプレイの数値が赤く変わり、炉心出力が急速に落ちていく。
「出力が……60%まで低下しました」
声がわずかに震えたが、彼女は必死に平静を保とうとした。
タリアンは前方スクリーンを見据えたまま、落ち着いた声で命じる。
「機関の負荷を分散させろ。補助動力を点火系に回せ」
「了解、補助動力ライン切り替えます」イグナスが応じ、指先が忙しなく動く。
ユナは数値の変化を追いながら、胸の鼓動を押し殺すように呟いた。
——大丈夫、艦長がいる。きっと、なんとかしてくれる。
だが、その言葉はもう祈りではなく、信念のような響きを帯びていた。
GC.119.1.16 11:00
機関室
機関室にこもる熱気の中、リサはモニターに張りついたまま、焦げたような匂いをかすかに感じ取っていた。
「出力、また低下。炉心温度が安定しない……このままじゃ停止は時間の問題ね」
ロックは苦々しく舌打ちし、データを睨みつける。
「再点火は絶望的だな。どうにかして時間を稼ぐしかない」
二人の視線が同時に航行データへ移った。
オルフェウス006まで通常航行で十五日。だが、この状態では何日かかるか見当もつかない。
救助が来るのは早くて一か月——そんなに船が保つ保証はない。
沈黙が落ちる。
その中で、ロックがふとひらめいたように言った。
「……ルナトレースの融合炉、使えないか?」
リサが顔を上げる。「調査艇の?」
「そうだ。ルナトレースの電力を本艦に回す。出力は小さいが、最低限のシステム維持には足りるはずだ」
リサが一瞬考え、すぐに頷く。
「いいわね。持たせるだけなら、それでいけるかもしれないわ」
ロックはすぐに端末を操作し始めた。
「問題は電力ラインの接続だ。補助エネルギー系を逆流させる形で繋ぐ……下手をすれば誘導コイルが焼ける」
「やってみるしかないわね」リサが低く答える。
「賭ける価値はあるわ」
警告灯の赤が二人の顔を照らし、コンソールのキー音が乾いたリズムを刻む。
静かな絶望の底で、かすかな希望が生まれつつあった。




