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魔術師の憂鬱  作者: 卓麻呂


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39/63

異常

GC.119.1.15

機関室



「……おかしいわね」


タブレットに表示された融合炉の出力ログ。

通常よりも、ほんのわずかに——しかし確実に、低下していた。

数値にすれば1%にも満たない。

けれどリサには、それが単なる“誤差”に見えなかった。


システムチェックを実行。

冷却系、正常。

磁場安定装置、正常。

燃料供給圧、正常。

すべての診断結果は“グリーン”。


「……全部問題なし、ね。じゃあ何なのよ」


眉間にしわを寄せ、再びタブレットを操作する。

過去三時間のログを比較、出力の変動は一定ではない。

周期もなく、まるで“呼吸するように”上下している。


「これは……制御系? でも、制御AIは完全同期してるはずよ」


リサの脳裏を、一瞬“リコール”の二文字がよぎる。

だがすぐに首を振った。リコール情報にあったヤツじゃない。

アストラルの炉は、あの問題が起きたM-BT系の中でも信頼性に振った軍仕様のM-BTM

マッドの技術者曰く「絶対に安全」。

……それを鵜呑みにできるほど、彼女は若くも愚かでもない。


「どうせ、またマッドの“想定内”なんでしょ」

小さく吐き捨てるように呟く。


数値は相変わらず安定している。

だがリサには感じるものがあった。これは何かあるかもしれない。技術者の勘と経験が告げていた。


「タリアン艦長、機関部より報告。

 主融合炉の出力が微妙に不安定です。

 警報レベルではありませんが、モニタリングを強化します」


通信を送った後も、リサは席を離れなかった。

画面の波形が、まるで息をするように上下する。


ブリッジ

 

タリアンは報告書を見つめ、眉をわずかにひそめた。


「リサからの報告を確認した。出力低下は1%未満か」


「はい、艦長」

イグナスは端末を操作しながら答える。

「ただし、周期が不規則で、原因が特定できていません。

 このまま長距離航行を続ければ、トラブルに発展する可能性はあります」


タリアンは椅子の背にもたれ、しばし沈黙する。

艦のエンジン音が、微かに鼓動のように響いていた。


「……あのリサが“気になる”と言ったんだ。放っておけないな」


「同感です」

イグナスは頷き、星図をホログラムで展開する。

「ここから最寄りの整備拠点はオルフェウス006ですね」

「どのくらいかかる?」

「15日ほどだと思われます」

 タリアンの質問にイグナスが即答する。

「予定を早めて整備を受ける必要がありますね」


タリアンは顎に手を当てた。

15日——その間、航行に支障が出なければいいが。


「物資は?」


「そこは問題ありません。ただ、融合炉の出力が低下すると食料プラントの稼働率が下ります。節約モードでいくべきです」


「そうだな。宇宙で餓死なんて洒落にならん」

タリアンが戦慄する。


「リサの判断を尊重しよう。安全第一だ」


「了解しました。航路再計算に入ります」


イグナスが淡々と指示を入力する。

その横顔を見ながら、タリアンはぼそりと呟いた。


「……“異常なし”ってのが、一番厄介なんだよな」


イグナスは小さく笑った。

「こういう時は艦長もカイ博士みたいなことを言いますね」


「俺はあんな偏屈科学バカとは違うさ」


スクリーンに映る航路がゆっくりと反転していく。

アストラルは、新たな方角へと舵を切った。

誰もまだ、その先に待ち受ける“異変”の正体を知らないまま——。


GC.119.1.16 10:05

機関室

 

リサは眉間に皺を寄せ、メインモニターを凝視した。

冷却系、安定。

燃料供給ライン、正常。

磁場制御、偏差なし。

だが——出力は確かに、じりじりと低下していた。


「……出力が、20%低下。」


淡々とした口調の裏で、胸の奥がざらつく。

コンソールに赤い警告がいくつも走る。

“出力低下”“電力制御限界値警告”“推進系統負荷上昇”。

だが、最も肝心なもの——**“融合炉異常”**のアラートだけが、沈黙を守っていた。


「……おかしい。何故、出ないの?」


リサはタブレットを操作し、診断プログラムを再起動する。

だが結果は同じ。

すべての計器が「正常」を示している。

異常がないのに、出力が落ちている——あり得ない。


ブリッジ


ブリッジの静寂を、ユナの声が破った。


「艦長、融合炉出力低下を検出しました!20%です!」


タリアンはモニターに目を向け、眉をひそめる。

「20%……そんなに落ちてるのか?」


イグナスも隣で計器を確認する。

「うむ、出力低下は確かだな。だが、異常アラートは出ていない。」


その瞬間、ブリッジの通信パネルが呼び出し音を立てる。

「艦橋、こちらリサ。出力低下を確認。各系統——すべて正常。原因はまだ不明。ただし、このまま航行を続けるのは危険よ」


タリアンは息を吐き、ユナの肩に目をやる。

「頼む、ユナ。状況を常時監視してくれ。」


ユナはすぐに計器の画面を切り替え、融合炉出力の推移をリアルタイムで追跡する。

「了解です、艦長。出力はまだ低下中。警告閾値を超えないよう、注意を続けます。」

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