異常
GC.119.1.15
機関室
「……おかしいわね」
タブレットに表示された融合炉の出力ログ。
通常よりも、ほんのわずかに——しかし確実に、低下していた。
数値にすれば1%にも満たない。
けれどリサには、それが単なる“誤差”に見えなかった。
システムチェックを実行。
冷却系、正常。
磁場安定装置、正常。
燃料供給圧、正常。
すべての診断結果は“グリーン”。
「……全部問題なし、ね。じゃあ何なのよ」
眉間にしわを寄せ、再びタブレットを操作する。
過去三時間のログを比較、出力の変動は一定ではない。
周期もなく、まるで“呼吸するように”上下している。
「これは……制御系? でも、制御AIは完全同期してるはずよ」
リサの脳裏を、一瞬“リコール”の二文字がよぎる。
だがすぐに首を振った。リコール情報にあったヤツじゃない。
アストラルの炉は、あの問題が起きたM-BT系の中でも信頼性に振った軍仕様のM-BTM
マッドの技術者曰く「絶対に安全」。
……それを鵜呑みにできるほど、彼女は若くも愚かでもない。
「どうせ、またマッドの“想定内”なんでしょ」
小さく吐き捨てるように呟く。
数値は相変わらず安定している。
だがリサには感じるものがあった。これは何かあるかもしれない。技術者の勘と経験が告げていた。
「タリアン艦長、機関部より報告。
主融合炉の出力が微妙に不安定です。
警報レベルではありませんが、モニタリングを強化します」
通信を送った後も、リサは席を離れなかった。
画面の波形が、まるで息をするように上下する。
ブリッジ
タリアンは報告書を見つめ、眉をわずかにひそめた。
「リサからの報告を確認した。出力低下は1%未満か」
「はい、艦長」
イグナスは端末を操作しながら答える。
「ただし、周期が不規則で、原因が特定できていません。
このまま長距離航行を続ければ、トラブルに発展する可能性はあります」
タリアンは椅子の背にもたれ、しばし沈黙する。
艦のエンジン音が、微かに鼓動のように響いていた。
「……あのリサが“気になる”と言ったんだ。放っておけないな」
「同感です」
イグナスは頷き、星図をホログラムで展開する。
「ここから最寄りの整備拠点はオルフェウス006ですね」
「どのくらいかかる?」
「15日ほどだと思われます」
タリアンの質問にイグナスが即答する。
「予定を早めて整備を受ける必要がありますね」
タリアンは顎に手を当てた。
15日——その間、航行に支障が出なければいいが。
「物資は?」
「そこは問題ありません。ただ、融合炉の出力が低下すると食料プラントの稼働率が下ります。節約モードでいくべきです」
「そうだな。宇宙で餓死なんて洒落にならん」
タリアンが戦慄する。
「リサの判断を尊重しよう。安全第一だ」
「了解しました。航路再計算に入ります」
イグナスが淡々と指示を入力する。
その横顔を見ながら、タリアンはぼそりと呟いた。
「……“異常なし”ってのが、一番厄介なんだよな」
イグナスは小さく笑った。
「こういう時は艦長もカイ博士みたいなことを言いますね」
「俺はあんな偏屈科学バカとは違うさ」
スクリーンに映る航路がゆっくりと反転していく。
艦は、新たな方角へと舵を切った。
誰もまだ、その先に待ち受ける“異変”の正体を知らないまま——。
GC.119.1.16 10:05
機関室
リサは眉間に皺を寄せ、メインモニターを凝視した。
冷却系、安定。
燃料供給ライン、正常。
磁場制御、偏差なし。
だが——出力は確かに、じりじりと低下していた。
「……出力が、20%低下。」
淡々とした口調の裏で、胸の奥がざらつく。
コンソールに赤い警告がいくつも走る。
“出力低下”“電力制御限界値警告”“推進系統負荷上昇”。
だが、最も肝心なもの——**“融合炉異常”**のアラートだけが、沈黙を守っていた。
「……おかしい。何故、出ないの?」
リサはタブレットを操作し、診断プログラムを再起動する。
だが結果は同じ。
すべての計器が「正常」を示している。
異常がないのに、出力が落ちている——あり得ない。
ブリッジ
ブリッジの静寂を、ユナの声が破った。
「艦長、融合炉出力低下を検出しました!20%です!」
タリアンはモニターに目を向け、眉をひそめる。
「20%……そんなに落ちてるのか?」
イグナスも隣で計器を確認する。
「うむ、出力低下は確かだな。だが、異常アラートは出ていない。」
その瞬間、ブリッジの通信パネルが呼び出し音を立てる。
「艦橋、こちらリサ。出力低下を確認。各系統——すべて正常。原因はまだ不明。ただし、このまま航行を続けるのは危険よ」
タリアンは息を吐き、ユナの肩に目をやる。
「頼む、ユナ。状況を常時監視してくれ。」
ユナはすぐに計器の画面を切り替え、融合炉出力の推移をリアルタイムで追跡する。
「了解です、艦長。出力はまだ低下中。警告閾値を超えないよう、注意を続けます。」




