GC.118.11.15 ユナの挑戦
艦内の金属床は冷たく、足音がひんやり響く。ユナは軽くカツン、カツンと音を立てながら通路を歩いた。照明は低く、空調の微かな唸りが全体に漂う。艦橋から漏れる機器の稼働音が、彼女の神経をさらに研ぎ澄ませた。「やっぱり少しキツいかしら」
ユナは胸元を少し緩める仕草をした。腰が変に伸びているので、少し歩きにくい。先日、偶然タリアンの好みを聞いてしまった。どうやら彼は少し控えめな胸が好みのようだった。自分の胸は決して小さくはない。むしろ標準よりも大きい。タリアンは自分の好みで人を評価しないのはよく分かっている。しかし、ユナにとってはとても重要な情報だった。そんなわけで今日はささやかな挑戦を試みてみたのだ。艦長の好みを考慮して、控えめに見えるように調整する――胸にさらしを巻いてみた。
艦内服は動き易さを考慮して、やや体にフィットしたシルエットに作られている。それが尚更ユナのプロポーションの良さを強調してしまっていた。
一般的には贅沢な悩みなのだろうが、ユナには関係なかった。
「これで、ちょうどいい……かな」
ユナは通路横のモニターに映った自分の姿を見つめ、さらしの巻き加減を微調整する。巻きすぎると呼吸がしにくくなる。緩すぎると意味がない。何度も見返し、ささやかにほくそ笑む自分に気づく。
通路を曲がった先、ロックが筋トレに励んでいた。鉄のバーを引き上げ、腕の筋肉が波打つたびに重心を安定させながら呼吸を整える。ユナは一瞬目を奪われたが、すぐに我に返る。「見られてはダメ……」と心の中でつぶやき、歩みを早める。ロックはその存在すら気づかず、黙々とトレーニングを続けていた。
艦橋に入ると、カイがタブレットを手に眉をひそめている。ユナは平静を装おうとするが、胸の締め付けが徐々に強くなり、肩に力が入らなくなる。金属床の上で軽くよろけ、コンソールに手をかけて体勢を整える。カイは眉をひそめ、声をかける。
「ユナ、大丈夫か?」
「ちょっと、胸が……」小声で答え、顔を赤らめるユナ。カイは一瞬心配そうな表情を見せたが、すぐにタブレットに視線を戻す。
艦長は艦の操作に集中しており、ユナの密かな工夫はまったく伝わらない。それで良かった。だが、ほんの少しだけ、寂しさが胸に広がった。
ユナは深呼吸をし、気を落ち着けようと試みる。胸の締め付けは息苦しさを増し、艦橋業務を続けるのが困難になってきた。通路の金属床の冷たさと、艦橋機器の低いうなり、外光のない暗い空間……すべてがユナの小さな焦燥感を増幅させる。
視線を横にやると、イグナスが書類を手に艦橋の奥で動いている。普段はクールな副艦長だが、今日は忙しげに見えた。ユナは自分の心拍を落ち着けようと深く息を吸った。胸の締め付けが少しずつ痛みに変わり、肩がこわばる。思わず手を胸に当てるが、金属のコンソールにぶつかりそうになり、慌てて両手で支えた。
「うぅ……ちょっと……」
小さな声が艦橋の静けさに溶ける。カイはちらりとユナの方を見たが、すぐに何事もなかったかのように画面に視線を戻す。艦橋全体の空気に馴染む彼の姿は、ユナにとってやさしい鎮静剤のようでもあった。
だが、胸の締め付けは限界に近づく。ユナは肩で息をしながら艦橋を横切り、医務室へ向かうことを決めた。通路の金属床がひんやりと冷たく、歩くたびに鋭い音が響く。視界の端にロックの筋肉がちらりと映る。艦内の照明が床に反射し、光の線が伸びる。その光の中で、ユナは自分の胸の締め付けに苦しむ姿を想像した。
医務室の扉を押し開くと、マリエルがすぐに気づいた。
「ユナ、どうしたの?顔色が悪いわよ」
「大丈夫……でも、ちょっと苦しくて……」
ユナは涙目になり、唇をかむ。
マリエルは優しく肩に手を置き、首を横に振る。
「だって……艦長が……」
ユナは涙をこらえ、胸の中のもどかしさを静かに噛み締めた。周囲の状況は変わらない。艦内の日常の中での小さな事件は、こうして幕を下ろした。
ユナはゆっくりと息を整え、金属床に反射する微かな光を見つめながら、胸の締め付けが徐々に緩むのを感じた。医務室の静寂と、マリエルのやさしい手の感触が、彼女を少しだけ安心させた。
その夜、ユナは艦橋で再び操作に戻る前に、自分の心に小さな決意を刻んだ。「次は絶対に失敗しない」と。だが、その小さな決意を知る者は、艦内では誰もいなかった。




