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魔術師の憂鬱  作者: 卓麻呂


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GC.118.10.5 遭難2

アストラルが徐々に速度を落とし、破損した船影がスクリーンいっぱいに映し出された。

ユナの声が硬く響く。


「接触まで三〇〇……二五〇……視認距離です。映像、メインに。」


スクリーンに浮かび上がったのは、古い型の商船だった。

装甲は剥がれ、船体は無数の破孔と焦げ跡に覆われている。

推進部は完全に吹き飛び、船体の一部はゆっくりと回転しながら、宇宙の闇に漂っていた。


マリエルが息を呑む。

「……酷いわね。」


ユナがデータを確認しながら淡々と報告を続ける。

「動力反応はなし。核融合推進ではありません。化学推進系の旧型と思われます。……生命反応、ありません。」


その最後の言葉に、ブリッジの空気が凍りついた。


スクリーンの中で、船の破損部から細かい破片が漂い出し、太陽光を反射してきらめく。

ユナはその光景に思わず目を逸らした。

「……生存者は、恐らく……いないと思われます。」


タリアンは沈黙したまま、腕を組み、壊れた商船を見据える。

「何があったんだろうな」


「俺が行きましょう。」

イグナスの低い声が艦橋に響いた。


タリアンは短くうなずく。

「頼む。必要最小限のチームで行け。状況が分かり次第報告しろ。」


「了解。」


――

調査艇ルナトレース

エアロックの気密が閉じ、重い音が響く。

真空の闇へと、イグナスと二名の調査員が身を投じた。

ヘルメット越しの呼吸音が、唯一の生命の証のように耳にこびりつく。


推進スラスターを細かく制御しながら、破壊された商船の船腹に接近。

船体は無数の穴を穿たれ、表面は焦げ、ところどころ内部構造が剥き出しになっている。

明らかに、事故ではない。


「……弾痕だな。」

イグナスが船体をスキャンしながら呟く。

「外部からの攻撃跡が多い。エネルギー兵器じゃない、実弾系……襲われたか、あるいは内乱か。」


「船内へのアクセス確認。」

「ハッチロック解除完了。内部、減圧状態……進入します。」


――


船内は暗く、漂う破片がライトに反射して鈍く光った。

壁には焼け焦げた痕と弾痕が散りばめられ、ところどころでパネルが外れてケーブルが宙を泳ぐ。

床には、乗員だった者たちの残骸が――宇宙の冷気に晒され、無音のまま散らばっていた。


「……生存者はいないな。」

イグナスの声は冷静だったが、背後の隊員の息が少し荒くなったのが通信越しに分かる。


彼は先頭に立ち、ブリッジへと向かう。

通路の壁には撃ち抜かれた操舵補助装置、溶けたコンソール。

戦闘は激しく、そして一方的だったように見える。


「ブリッジ到達。システムは壊滅。航行日誌データユニット……」

イグナスはコンソールの下に手を突っ込み、半壊したデータモジュールを引き抜いた。

「……残ってる。破損はしてるが、アストラルで復元できるかもしれん。」


「了解、回収して帰還だ。」と、タリアンの声が通信に入る。

 

彼の声は低く、誰に向けられたものでもなかった。

艦橋には、宇宙そのもののような静けさが流れた。


 船内、ブリッジの探索を終えようとしていた。

イグナスは破損した航行データユニットを慎重に収納ケースに収め、帰還の指示を出そうとした時だった。


ふと、漂う微細な破片の中に、ひとつだけ違う光を放つものが視界の端に映った。

ゆらりと宙を漂う、小さな金属片――いや、それは認識タグだった。


ライトを当てると、擦り切れた刻印が反射した。

「……認識タグか。誰かの身元証明だな。」

そう言いながら、イグナスは静かにそれを掴んだ。


手の中でタグを回し、刻まれた文字を読み取る。

次の瞬間、彼の呼吸が一瞬止まった。


「……ケイル……?」

声がかすれた。

タグには確かに、“アーネスト・ケイル” と刻まれていた。


「どうした、イグナス?」

タリアンの声が通信に割り込む。


「……いえ。」

短い間を置いて、イグナスはタグを見つめたまま言った。

「……俺の祖父の名前です。

旧世代の商船乗りだったと聞いていましたが……まさか、ここで。」


艦橋の通信が一瞬だけ静まり返った。

真空の中に響く呼吸音だけが、妙に遠く聞こえる。


「……偶然か?」

タリアンの声に、イグナスは小さく首を振った。

「分かりません。ただ、このタグが漂っていたってことは――この船に、彼が関わっていたのは間違いない。」


彼はタグをケースに収め、深く息を吐く。

「データと一緒に持ち帰ります。……調べさせてください。」


タリアンは短くうなずいた。

「了解した。帰還せよ。」


通信が切れ、イグナスはゆっくりと船外へ戻る。

彼の手の中、祖父の名を刻んだ小さなタグだけが、ヘルメットライトの中で微かに光っていた。


航行日誌の解析が終わった。

古いデータコードが復号され、メインスクリーンに船名と艦長名が表示される。


船名:メリディアン号

艦長:アーネスト・ケイル

航行記録:GC62.4.2 機関トラブル。修理困難。

     GC62.4.15海賊船の襲撃


タリアンは短く息を呑んだ。

「……ケイル、やはりお前の祖父か。」


イグナスは静かに頷く。

「ええ。祖父は俺が生まれる前に亡くなったと聞いていました。

でも、まさかこの宙域で……。」


画面に映る記録映像は断片的だった。

船体の一部が火を吹き、警報が鳴り響く。海賊と思われる小型艇の影がチラつく。

船は逃げ場を失い、やがて制御を失って漂流を始める。


「ここまで流されてきたのか……」と、マルコが呟いた。

タリアンが続ける。

「アーネスト艦長は、最後まで船と乗員を守ろうとしたらしいな。

……立派な人だったんだろう」


イグナスはデータを閉じ、少しの沈黙のあとに言った。

「俺は非科学的な現象を信じているわけじゃありません。

でも……ここで祖父に“再会”できたのは、単なる偶然でも、無意味ではない気がします。」


タリアンは穏やかに頷いた。

「……だいぶ古いものだが、発見した以上、航行日誌は本部へ提出する。

タグは――お前が持っておくといい。」


イグナスはゆっくりタグを握りしめた。

「……ありがとうございます。」


タリアンは艦橋のクルーに向き直る。

「全員、黙祷。」


照明が少し落とされ、アストラルのブリッジが静寂に包まれる。

誰も言葉を発しない。

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