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03

──袋寛治、身長177センチの大柄な体格。柔道では県大会常連の実力者だ。

本庁勤務の頃から、不良グループの制圧や違法ドラッグの初動捜査など、

荒事の現場に多く関わってきた。


「対暴力対応に長ける刑事」――そんな評判が先に立ち、

本人もおそらく少年係になるだろうと予想していた。


もちろん、本人は自分の評判などあまり気にしていなかった。

体格だけで物事を判断されることも多く、

武勇伝という言葉にはいつも少し恥ずかしさを伴う。


田所部長も、彼の噂を耳にしていたのだろう。

「とりあえず袋君は少年係に入ってくれ。本庁でも聞いてるよ、君の武勇伝を」

冗談めかした口ぶりに、寛治は少し照れながらお辞儀を返す。


背筋を伸ばすと、体格の大きさをより強調してしまうことを自覚しつつ。

「はぁ……恐縮です」


秋田係長が笑みを浮かべた。

「それなら今日は少年係へ行ってもらおうか。合わなければ言ってくれ。

君の特性に合った場所に配属を決めたいからね。

ただ、そんな立派な体格してるんだから、デスクワークばかりはさせないよ」


寛治は思わず敬礼する。手のひらが少し汗ばんでいるのを感じたが、

恥ずかしさを誤魔化すためにも、しっかりとした動作で返した。


「了解しました!」


向かった先は生活安全課・少年係。課全体で三十名近くいるが、一係は六人編成。

寛治が初日に顔を出したのは、

市内でも特に治安が、

不安定な繁華街や歓楽街のトラブル処理を担当するチームだった。


部署内の空気からも、力仕事が多いことは一目でわかった。

埃や消毒液の匂いが混ざり、日常の忙しさと緊張感が漂っている。


秋田係長が笑う。

「いやあ助かった。力仕事が多くてね。

君みたいな体格のいいのが入ってくれて心強い」


どうやら、最初から寛治をこの係に入れるつもりだったらしい。

寛治は微かに肩をすくめた。

歓迎されるのは悪い気はしないが、

目立つ体格のせいで期待されすぎることも少々重く感じる。


――少年係一係。吉田正孝を中心とした、いかにも“実動部隊”といった顔ぶれだ。

建物の窓から差し込む光が、彼らの肩や背中に反射して、力強さを際立たせていた。


「本日異動してまいりました、袋寛治です。みなさん、よろしくお願いします!」

元気よく挨拶する寛治。初対面の挨拶は、何事にも大事な儀式である。

挨拶の声が、

木目調の床や壁にわずかに反響するのを聞きながら、彼は気持ちを引き締めた。


吉田正孝が前に出る。

寛治より背は低いが、ガッチリとした体格、精悍な顔立ちで40前後。

着こなしもきっちり決まっており、几帳面そうな雰囲気が漂っていた。

「こちらこそ、よろしく。君に合うといいな、この仕事」


右から順に紹介される仲間たち。

それぞれの個性が見た目や仕草に滲んでおり、

短時間でも関係性の構図が理解できる。


前田雄太:寛治より背が高くスラリとしたイケメン。

年齢も近い。ブランド物の服を着こなし、「よろしく」と軽く手を上げる。


新田悟:寛治と同じくらいの身長。

ボディビルダーのような筋肉質でシャツがはち切れそう。

「よろしく~!」と陽気に声を響かせる。


北村慎一:三十代後半、やや小柄で眼鏡をかけた理詰めタイプ。

書類作成や聞き込みが得意で、口数は少ないが信頼は厚い。


舘正美:唯一の女性刑事。落ち着いた美人で、

むさくるしい男たちに囲まれると一層映える。

「寛治君、よろしくね」と微笑む。


挨拶を終えると、秋田係長が声をかける。

「袋君、この机を使ってくれ」


吉田の隣に空の机が一つ。そこが寛治の新しい仕事場だ。

机の上にはわずかに古い書類の山が残っており、

昼過ぎには整理されることだろう。


吉田たちは既に椅子に腰かけ、朝のミーティングを始めていた。

吉田はA市の地図を広げ、今日の見回りを指示する。

「最近、少年グループ同士の抗争が増えている。

目の前で起きた場合は、一人で止めず、必ず連絡を密に」


淡々とした口調だが、声には緊張感が滲む。

窓の外の街の雑踏と歓声が、彼の声をより重く響かせた。


ふと寛治に視線を向ける。

「袋君は地元だろう。この仕事、初めてでもないな?」

「はい。本庁でも似たような現場は経験済みです。任せてください」


「よろしい。では――新田、川村、袋。

この区間を見回ってくれ。午前中には戻ってきていい」


A市は人口100万人を超える政令都市で、A県の県庁所在地。

街の表情は、区ごとにまるで違う顔を持っている。


中央区:官庁街と高層ビル群。表通りは整然としているが、

裏路地には飲み屋街や雑居ビルがひしめき、雑多な匂いが混ざる。


西区:古くからの住宅街と工場地帯。

下町的雰囲気を残し、不良グループのたまり場になりやすい。


東区:繁華街と歓楽街。

商業施設やナイトスポットが並び、昼夜問わず人が集まる。

トラブル発生率も高い。


南区:港湾地区。

物流拠点として栄えているが、外国人労働者やブローカーが多く、治安は不安定。


北区:大学や高校が集まる文教地区。

落ち着いているが、最近はドラッグ流入が問題になっている。


パトカーに乗った三人は現場を回るため出発。

車内では軽い雑談が弾む。

窓の外にはまだ朝の光が差し込み、街は忙しなく動いている。


新田が運転席で思いついた様に語る

「袋さんって、あの角の大きな家の人ですか?」


「多分自分の家です」

寛治は少し照れくさそうに答える。

声は控えめだが、筋肉の柔らかい動きが見える。


「やっぱり珍しい苗字だから印象に残ってます。立派な家ですし」


「家だけが立派なんですよ……」


後部座席の川村はノートPCを広げ、何やら操作していた。

「ねえ、新田、Chronos Cipherって知ってる?」


「え、何ですか? くろのはなりゃりゃって……」


「はぁ……脳筋の君じゃ知らないか……」


間髪入れず、寛治が説明する。

「Chronos Cipher――通称クロサイは、

深夜だけ接続できる極秘P2Pネットワークです。

公には存在せず、未解決事件や猟奇的な書き込みが飛び交う。

時間や暗号で保護され、自己消滅する投稿もある。

閲覧するだけでも心理的に圧迫される場所。

本庁でも話題になったことがあります」


「へえ……そんなのがあるんですか」

新田が信号待ちで車を止めながら感心する。

空気は少しひんやりしていて、車の中に緊張と期待が入り混じる。


川村はニヤリと笑い、PCを操作する。

「お、寛治君なら『ディーバ』って知ってるかい?」


助手席から寛治は首をかしげ、後ろに向かって答える。

「ディーバですか? 聞いたことないです」


川村は嬉しそうに笑う。

「クロサイに最近アップされ続けている、人工音声の歌姫さ。

中でもΔeusPと呼ばれるクリエイターが作る楽曲は別格で、

なぜかクロサイでしか存在しないんだ」


寛治は少し首をかしげ、デンプレのような口調で訊ねる。

「噂ですか?」


川村は肩をすくめた。

「ふふふ、聴くと超能力に目覚めるらしいけど、僕が聞いても何も起きなかったよw」


新田が車を発進させながら大声で言う。

「え~、オカルトとか怖い話、苦手なんですよ~」


川村は笑みを浮かべて少し含みを持たせる。

「クロサイを見てる子って、ちょっと危うい子が多いらしいんだよね~」


二人は「ほへ~」と頷いた。

街の雑踏が背後から続き、彼らの車は次の現場へと滑るように向かう。

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