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寛治の車が東区へ入りかけた、そのときだった。


スピーカー越しに、アリスの緊迫した声が響く。


『ちょっと、マーカー動いてる!

 あいつら、どこか行くつもりね』


『お爺ちゃんの作戦、効果あったの?』


「さぁな……」


金田は低く唸る。


「日付は変わった。

 良子が生きてるかは……分からん」


帽子を深くかぶり直し、視線を落とす。


(……突入させるか)


一瞬の沈黙。


「……多分、大丈夫だと思います」


ハンドルを握る寛治が、ぽつりと答えた。


金田が横目で見る。


「根拠は?」


「実は……」


寛治の声が、一拍だけ途切れた。


一日前。


事件に振り回され、ほとんど眠れず現場を駆けずり回っていた深夜三時過ぎ。

寛治のスマホに、ひとつのメッセージが届いた。


送り主は、正義。


【兄さん、ありがとう

 今日、枕元にあの死体が出てこなかったよ

 解決したんだね!

 やっぱり何とかなるんだ!!!

 迷惑になるから、メッセージで終わります

 兄さん、頑張ってください】


短い文面だった。


だが、それだけで――


「……ただ、絶対の確信はありません」


寛治は息を吐く。


「江口良子さんが、生きている保証は……ありませんから」


再び前を向き、運転に集中する。


金田が、くくっと笑った。


「そういうことは、もっと早く言え袋。花子」


『だからアリスよ!』


「……店に、警官を突入させろ」


金田が即座に指示を出す。


だが、すぐにアリスの声が割り込む。


『――まずいわ』


『現場で、もう動きがあった』


『先走ってバイクを追った警官が、何人か……燃やされてる』


車内の空気が凍る。


『バイクは包囲網を抜けた。逃げたわ』


「……チッ」


金田が舌打ちする。


「マーカーは生きてるんだろ」


『反応あり』


「なら追える。先回りだ」


金田は低い声で命じる。


「焼かれた奴らは気絶させろ。

 火は消えん、そう伝えろ」


『……了解。今すぐ指示出す』


少し間を置いて、アリスが続ける。


『この進行方向……たぶん港区』


『船で逃げる気じゃない?』


『……あいつらに、そんな伝手があるの?』


「あるさ」


金田が即答する。


天覆禍音あまおおい・かのんだ」


「……?」


「冥星教団が、裏にいるはずだ」


『なるほどね……』


スピーカー越しに、キーボードを叩く乾いた音が響き出す。


『じゃあ、港の監視網、洗い直ね』


東区――

夜の繁華街を抜け、

竜司たちはすでに包囲網の内側にいた。


パトカーのサイレンが一斉に鳴り響き、

静まり返っていた繁華街が、たちまち騒然となる。


現場で指揮を執るのは、捜査一課の南雲警部補だった。


「……特殊案件、だと?」


本部からの報告に、南雲は思わず声を漏らす。


特殊案件――

非現実的な事象が関与した場合、

すべては“特殊課”の管轄となる。


南雲は無線を取った。


「いいか、全員。

 本部の指示があるまで待機だ。

 それと……今日見たことは、忘れろ」


その隣で、神経質そうな顔をした刑事が腕を組んでいた。

すらりとした体格。身長は百八十を超えている。


早乙女刑事だった。


眉間に深い皺を刻み、南雲を睨む。


「何を悠長な。

 犯人はまだ店にいるんでしょう。

 我々だけでも突入すべきです」


「早乙女……」


南雲が制止の声を上げた、その瞬間――


ブロロロロロ――!


爆音とともに、バイクが飛び出した。


包囲網の隙間を縫うように、

猛スピードで突っ切っていく。


プロ顔負けの操縦技術。


「なっ……!」


金髪をなびかせる、二人乗りの影。


早乙女の顔色が変わる。


「まさか……佐伯竜司!

 馬鹿な……あの男はアパートで焼死したはずだ!」


歯噛みし、すぐさま無線に叫ぶ。


「機動隊!

 あのバイクを追え! 逃がすな!」


自ら車に乗り込み、運転席の警官に命じる。


「追うぞ!」


「待て、早乙女……!」


南雲の制止は届かない。


南雲は額に手を当て、顔を覆った。


そのとき――


無線が割り込む。


『各車両に通達。

 現場のバーに突入せよ。

 ただし、佐伯竜司を確認した場合、

 不用意に接触するな。

 距離を保ち、報告を優先しろ』


南雲は無線を握りしめた。


「……接触するな、だと」


南雲は、胸の奥に嫌な予感が広がるのを感じていた。

ただの殺人犯ではない。

そう告げられているような命令。



「そこのバイク、止まりなさい!」


竜司の背後から、機動隊の白バイが迫る。

赤色灯が回転し、サイレンが夜の街を切り裂いた。


エンジン音が重なり合い、

舗装された道路に、二台の影が伸びていく。


ネオンの光が流星のように流れ、

標識と街路樹が視界の端で歪んでいく。


後部座席で、伊奈が竜司の背に体を預けた。


「……やだ。鬱陶しいわね、竜ちゃん」


甘えるような声。


「ふふ。映画のカーチェイスみたいだね」


竜司は、わざと速度を落とした。


機動隊のバイクが、すぐ横に並ぶ。


「君、路肩に寄せて止まりなさい!」


その瞬間――


竜司は、左手で軽く合図をするように、

指を払った。


空気が、歪んだ。


『λ』


意味のない仕草のはずだった。


だが次の瞬間、

バイクは唸りを上げ、急加速する。


「こら、待ちなさい――」


叫び声は、途中で裏返った。


機動隊員の体から、

炎が噴き上がったのだ。


「う、うわああああああ!!」


火は一瞬で制服を舐め、

シートに、腕に、ヘルメットに燃え移る。


制御を失ったバイクは横転し、

アスファルトを削りながら滑った。


金属音と悲鳴が、夜気を裂く。


ゴロゴロと転がる人影。


その背後で――


『ハハハハハ』


二人は、笑っていた。


追ってくる一台のパトカー。


車内スピーカーから、震えた声が響く。


「な……なにをしている! 止まりなさい!」


早乙女刑事の声だった。


バイクとパトカーが、並走する。


次の異変は、車内からだった。


「うわあああああ! 燃える! なんだこれ!」


運転していた警官の悲鳴。


ハンドルが暴れ、車体が蛇行する。


「おい、どうした!」


早乙女が振り向いた瞬間――


運転席の男は、炎に包まれていた。


「な……なんだ、これは……」


次の瞬間、

早乙女自身の体にも火が走る。


「うわああああああ!!」


車は制御を失い、

ガードレールへ突っ込んだ。


ガシャン――!


鈍い衝撃音とともに、

パトカーは横転した。


伊奈は、それを眺めながら笑う。


「やだ……ほんと映画みたい」


甘い声。


誰も、もう追ってこない。


竜司はアクセルを開いた。


「……さあ。邪魔者はいなくなったね」


エンジンが咆哮し、

バイクは夜を切り裂いて走り出す。


港区


海の匂いが混じる風。

錆びたコンテナ。

動かないクレーン。

街灯はまばらで、

影だけがやたらと濃い。


港区の外れ。

物流の死んだ一角。


かつて倉庫だった建物が、

黒い塊のように並び、

その隙間を縫うように細い道路が続いている。


人気はない。

だが、静かすぎる。


何かが潜んでいるような、

空気だけが重い場所だった。


竜司たちは、その細道へと入っていく。


そのとき――


ピィィン――


乾いた音が鳴った。


同時に、

バイクの挙動が乱れる。


「……ん?」


ハンドルが取られ、

車体が大きく揺れる。


「くそっ……!」


次の瞬間、

二人の体は宙に投げ出された。


アスファルトに叩きつけられ、

バイクは横転して火花を散らす。


「ぐっ……伊奈、大丈夫かい!?」


「……なによ、最悪」


二人が体を起こした、そのとき――


闇の中から、声がした。


「……お前が、水沼竜司か」



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