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アリスが端末を操作し続ける中、金田はふいに振り返り、顎で椅子を示した。
「おい、袋。そこ座れ」
「あ、すみません」
寛治は言われるまま椅子に腰を下ろす。
「少し休憩だ。コーヒー淹れてきてやる。
砂糖とミルク、入れるか?」
金田はそう言いながら、すでに身を乗り出して奥の休憩室へ向かいかけていた。
「いえ、大丈――」
言い切る前に、金田が振り返る。
「かしこまるなよ」
「……じゃあ、何も入れず、そのままでお願いします」
それを聞いたアリスが、画面から目を離さずに割り込む。
「私はミルクと砂糖入りの、いつものやつお願いね!!」
「はいはい。アリスは相変わらずお子ちゃまだな」
「違うし!
頭をシャキッとさせるには糖分が必要なのよ!
お爺ちゃんみたいな肉体派と違って、私は頭脳派なの!!」
真っ赤になって言い返すアリスに、金田は肩をすくめながら笑う。
「はいはい、理屈は一丁前だな」
金田は休憩室でやかんを火にかけ、手際よく紙コップにコーヒーを注いでいく。
寛治用には何も入れず、アリス用にはミルクと砂糖をたっぷり。
戻ってくると、まず寛治の机の端に紙コップを置いた。
「ほら」
「ありがとうございます。いただきます」
寛治は軽く頭を下げ、両手でカップを受け取る。
金田とアリスは、それぞれ使い慣れた専用のマグカップを持っているようだった。
金田は自分の席に、アリスはキーボードの脇にそれを置いた。
薄暗い特務課室に、コーヒーの香りがほのかに広がる。
寛治は一口、コーヒーを口に含み、苦味を確かめるように息を吐いた。
手元には、カナたちの取調室でまとめられた調書が広がっている。
――ここまでのことを、整理しよう。
最初の被害者は、水沼絵里。
頭部を除き、全身を焼かれるという異様な殺され方。
しかも頭髪は不自然なほど綺麗に整えられ、現場には謎の記号――
「λ(ラムダ)」が残されていた。
絵里が殺害された空き家は、佐伯竜司を中心とした反社会的グループが、
頻繁にたむろしていた場所でもある。
水沼絵里は、通信制高校の教師であると同時に、
《NOPUR HEAL》という団体の代表者でもあった。
少年少女の人権を守る特定非営利活動法人として、
その活動は度々新聞にも取り上げられている。
表向きは、居場所を失った若者を救済するネットスクール、相談窓口。
だが――
カナの証言によれば、その実態はまるで違っていた。
問題を抱えた子供たちを選別し、
依存させ、洗脳し、逃げ場を奪う。
そして――金に変える。
「……綺麗事の皮を被った、悪魔か」
寛治は小さく呟き、ページをめくる。
佐伯竜司。
水沼絵里の、血の繋がらない弟。
カナの証言によれば、組織が大きくなり始めた頃、
トラブルを防ぐため、反社グループの頭をしていた竜司に“相談”したという。
その結果、NOPUR HEALは急速に拡大していった。
だが――
それなら、なぜ絵里は殺されなければならなかったのか。
山本若葉、鍵沼カナ、江口良子。
彼女たちは、NOPUR HEALの裏側を支えた初期メンバーであり、
同時に、通信制高校の教え子でもあった。
いや、正確には――
絵里が彼女たちを無理やり“生徒”にし、
利用していた。
若葉の証言では、
絵里はカナたちを使い、少年少女をNOPUR HEALへ引き込んでいたという。
そこに現れたのが、正義だった。
通信制高校に通い始め、彼女たちと関わり、
そして――正義の能力。
“死期を予測する力”。
その力によって、江口良子が
「明後日には殺される」ことが判明している。
しかも、その殺され方は、
水沼絵里と同じ方法になると、正義は断言した。
――つまり。
良子を狙っている犯人は、
絵里を殺した犯人と同一人物。
そして今、良子は行方不明。
拉致されている可能性が、極めて高い。
寛治は再びコーヒーを口にし、思考をまとめ直す。
その時だった。
「花子」
不意に、金田の声が飛ぶ。
「弥勒が言ってたな。竜司の部屋で焼けてた男――渡、だったか?
あの辺りは極財組の縄張りだ。ついでに、渡って太ってる奴も洗っとけ」
アリスはモニターから目を離さず、不機嫌そうに返す。
「はいはい。
それと――良子の足取りね。切れたカメラに一瞬だけ映っている。
怪しい“コイツ”が現れてから、
街のカメラを避けるように移動してるわ」
そう言って、アリスが画面を切り替える。
映し出されたのは、
金髪を立ち上げ、サングラスをかけた細身の若者。
身長はおよそ百七十五センチ。
その姿を見た瞬間、
寛治の喉がひくりと鳴った。
「……佐伯竜司……」
「へぇ……こいつが佐伯竜司か」
金田は腕を組み、モニターに映し出された男を眺める。
金髪にサングラス、薄く笑った口元。
「……あちゃー」
キーボードを叩きながら、アリスが肩をすくめた。
「一課の人たち、
竜司の部屋で焼けてた死体を“本人”って断定して捜査進めてるよ。
生存の線なんて、最初から切られてる」
「……チッ」
「ま、私たち特殊課は嫌われ者だしね?
お爺ちゃんたちが余計なこと言うからさ〜」
「うるせぇ」
金田は即座に遮る。
「取りあえず、“佐伯竜司は生きてる可能性がある”って流しとけ。
それより――江口良子の場所はどうだ」
アリスは一瞬だけ真顔になり、キーボードをさらに速く叩く。
「完全にカメラを避けてる。
でもね、カメラに映らない“空白地帯”と、
竜司たちが普段入り浸ってる場所を重ねると……」
画面が切り替わり、地図が表示される。
赤い円が、いくつも重なっていた。
「……この辺りに集中するの」
アリスは地図データをプリンタに送り、吐き出された紙を金田へ差し出す。
「目安、出しといた」
金田はそれを受け取り、一瞥する。
「上出来だ」
そして、寛治を振り返った。
「袋。今日は残業だ。行くぞ」
「……はい!」
寛治は即座に立ち上がり、慌てて後を追う。
二人が特殊課の部屋を出ていくのを横目で見送りながら、
アリスは再びモニターへ向き直った。
「……佐伯竜司、ね」
画面の中の男を、まるで標本を見るような目で見つめる。
「もう少し、深く潜ってみましょうか。
――アンタ、いったい何者?」
キーボードが、再び狂ったように鳴り始めた。
■ 徒暦アリス(とれき・ありす)
本名:山田花子
※本人はこの名前を激しく嫌っており、呼ばれると本気でキレる。
警察庁・特殊課所属。
表向きは「システム補助員」だが、実態は
非公式に“国内最上位クラス”と噂される凄腕ハッカー。




