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部屋を出た金田は、アパート敷地内に停められている一台のバイクに目を留めた。


「……オイオイ。へぇ……懐かしいな」


そう言って、ずいっと歩み寄ると、躊躇もなく車体に手を伸ばす。

タンクを撫で、ハンドルを叩き、感触を確かめるようにペタペタと触り回す。


それを見た寛治は、慌てて声を潜めた。


「金田さん、あまりそういうことは……」


だが金田は聞いていない。


そこにあったのは、

七〇年代後半製の国産大型スポーツバイク。

空冷四気筒エンジン、無駄のない直線的なフレーム、細身のタンク。

現行車にはない鉄の塊感を放つ、いわゆる“伝説級”の一台だった。


当時は速さと危険の象徴、

今では台数も減り、状態次第では数百万円のプレミアが付くビンテージモデル――

マニアなら一度は名前を聞く、憧れの存在。


「昔なぁ、補導したガキどもがやたら憧れてたバイクだぜ」


金田は楽しそうに笑う。


「あんな小僧が持ち主か? へぇ……よく手に入れたもんだ。

 クク……いい趣味してんな、“紐野郎”は」


余裕の軽口に、寛治は青くなりながら周囲を気にした。


「ちょ……! 聞こえますから! 金田さん!!」


夜のアパートに、不釣り合いなほど軽い空気が一瞬だけ流れた。



A県警本部へ舞い戻った寛治は、少年のような見た目の金田の後ろを無言で追っていた。


資料室をいくつも抜け、奥へ奥へ。

人の気配が消えた通路の突き当たりに、ひどく古びた扉が一つだけ残されている。


「ここだ」


金田は何の躊躇もなく、その扉を押し上げた。


軋む音とともに開いた先は、薄暗い空間だった。

照明はほとんど機能しておらず、いくつものモニターが放つ青白い光だけが、部屋を照らしている。


――カタカタカタ。


無数のキーボード音が重なり、まるで雨音のように響いていた。


「ここが特殊課だ。驚くなよ」


金田がそう言った瞬間、キーボードの音がぴたりと止んだ。


「……金田」


甲高く、苛立ちを隠さない女性の声。


「アンタまた部外者入れたわね!?

 いい加減にしなさいよ! 特殊課が秘密部署だってわかってる!?

 アンタと弥勒のせいで、秘匿レベルがどんどん下がってるんだけど!!」


ヒステリックに叫ぶ女性は小柄で、無造作にまとめた髪に大きめのメガネ。

指先は文句を言いながらも止まることなく、キーボードを叩き続けている。


その様子に、金田は涼しい顔を崩さない。


「ああ? こいつはな――」


「遮らないで。私の名前は徒暦とれきアリス。

 袋寛治、ね。まったく……」


名を呼ばれ、寛治は思わず背筋を伸ばした。


驚きは一つではなかった。

A県警の中に、本当にこんな部署が存在していたこと。

そして、この部屋だ。


天井近くまで積み上げられた紙資料、壁一面のモニター、走り続けるログ。

目に入る書類のタイトルはどれも異常だ。


――《A市・かまいたち兄弟事案》

――《都市部深夜路地における不可視切創》


荒唐無稽な題名にも関わらず、内容は異常なほど精密で、冷静だった。


(……いや、まさか)


気付けば寛治の肌に鳥肌が立っていた。

室温は変わらないはずなのに、妙に暑く、息が詰まる。


「おい、花子。ガキどもの調書、もう上がってんだろ」


金田の声。


「……は?」


寛治の眉がわずかに動く。


「ちょっとぉぉ!?

 私はアリス! 花子なんて名前、とっくに捨てたんだから!!」


「じゃあよしろ、花子」


「聞いてない!!」


アリスは歯ぎしりしながらも操作の手を止めない。


「で? 若葉って子はほとんど喋らなかったわ。

 カナは結構ベラベラ。……まぁ、よくある話よ」


画面に文字が流れる。


「NOPUR HEAL。

 問題抱えた未成年を“救済”って名目で囲い込んで、水沼絵里が洗脳。

 売春斡旋。ネットスクールやホームページで“迷える子羊”募集。

 くだらな」


鼻で笑う。


「あ、それと。弥勒は今日も焼死体相手にイってるらしいから。

 きしょ。役立たず」


「おい山田花子、そんな話はいらねえ」


「だから花子やめろって!!

 ねえ寛治君、私アリスだから!」


寛治は内心で小さくため息をついた。


(……大変だな)


「いいから江口良子の足取りだ」


金田の一言で、空気が引き締まる。


「袋、例の産婦人科の場所。花子に見せろ」


「はい」


寛治は北区、駅裏の産婦人科の地図データを提示した。


「ここです。何かわかりますか?」


真剣な声音に、アリスの指が止まった。


「……ちょっと待って」


次の瞬間、信じられない速度でキーボードが鳴り始める。


「とりあえず――これ、かな」


モニターに切り替わった映像。

それは北区周辺の監視カメラ映像だった。


拡大されたフレームの中に、見覚えのある横顔。


「……江口、良子……」



アリスは、無言のまま次々と画面を切り替えていく。

監視カメラの映像に映し出されるのは、北区周辺を移動する江口良子の姿だった。


駅前、コンビニ、商店街の路地。

時間軸を整理された映像が、滑るようにつながっていく。


「……ふーん」


アリスが、にやりと口角を上げる。


「カナや若葉からは“影薄いモブ”って聞いてたけどさ。

 この子、なかなか面白いじゃないの」


画面の中の良子は、何度も無意識のように腹部へ手を添えている。

人混みを避けるように歩き、時折立ち止まり、呼吸を整える仕草。


寛治は、胸がざわつくのを感じた。


(……やっぱり)


その映像が、ある地点で途切れた。


画面は無機質なノイズに切り替わり、次のカメラへは繋がらない。


「――あれ?」


アリスが目を細める。


「……ここで切れてる。

 それっきり、この子――カメラに出てこないわね」


指が止まる。


「なにこれ……w」


次の瞬間、アリスが楽しそうに笑った。


「へぇ〜……そういうこと?

 お爺ちゃんが気にしてる理由、ちょっと分かったかも。

 これ、オモロwww」


「おい」


金田が低く呼ぶ。


「どれくらいかかる?」


アリスは振り返らず、狂ったような速度でキーボードを叩き始める。


「面白いから、そんなにかかんないよ〜。

 この手の“消え方”は、癖がある」


そのときだった。


金田が、コートのポケットから黒い小さな物体を取り出し、無造作にアリスのデスクへ置く。


カツン、という乾いた音。


「あと、これもだ」


一瞬で、アリスの空気が変わった。


「なにそれ……w」


まるで獣のように身を乗り出し、目を輝かせる。


「匂うのおおおおお!!」


「花子」


金田の声が、ぴしりと空気を裂いた。


「人死にが懸かってる。

 今日は、遊びじゃねぇ。――いつも以上に動け」


少年のように高い声。

だが、その響きには、今までとは明らかに違う重さがあった。


アリスは一瞬だけ口を閉ざし、やがてふっと笑う。


「……はいはい。了解、金田さん」


キーを叩く音が、さらに激しさを増す。

部屋のモニターが次々と切り替わり、地図、映像、ログが重なり始める。




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