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Files 01:序章Aries

春先、袋寛治の元に届いた異動命令は、

故郷A県警生活安全課への着任を告げるものだった。


寛治は本庁勤務を続けたかったが、運命には逆らえず、

やむなく地元へ戻ることを決める。


「残念だな、生活安全課じゃもったいない」と、本庁の同僚たちは口々に言った。

仏のような顔立ちと人当たりの良さから、

刑事課や他部署にも友人が多く、皆に惜しまれながらの異動だった。


だが、寛治にとってはこれ幸いでもあった。A県は実家から近く、両親からも

「寛治、A県警に戻るなら家から通えばいい。正義のこともあるし……」

と促されたのだ。初めは渋ったが、弟・正義の名前を出され、仕方なく了承する。


正義は年の離れた弟で、今年で16歳。

1年前の交通事故で右足に障害を負い、杖を突いて歩いていた。


しかし袋家の本当の問題は、事故以来正義が人と関わることを極端に恐れ、

家に引きこもっていることだった。

高校もやめ、現在は通信制の学校に通っている。


寛治とは似ても似つかず、小柄で女顔の正義は、

よく「本当に兄弟?」とからかわれることもあった。


タクシーを降りると、目の前には実家がそびえていた。

もとは農家の広い屋敷だったが、今は外壁も塗り直され、

門から玄関までのアプローチには石畳が敷かれている。


母屋と新屋に分かれた建物は、A市の住宅街の中でもひときわ大きく、

どこか小ぎれいな邸宅の趣を漂わせていた。


母屋の扉を開けると、帰宅を知って集まった友人と両親が迎えてくれた。

ささやかだが高級感のある寿司が並ぶ食卓に、

友人は「これで地元で遊べるね」と笑い、

両親も次男の帰りに嬉しそうな表情を浮かべている。


歓迎会も終わり、友人たちとは後日遊ぶ約束を交わし、

心地よい疲れが体を包む。


寛治は「正義は?」と両親に尋ねると、母は心配そうな顔で答えた。

「相変わらずよ」と二階にいる正義の様子を気にしている様子だった。


袋家は母屋に両親と正義が暮らし、祖父母はすでに他界。

新屋には長男夫婦が住んでいる。

自分の部屋も二階にある寛治は、そのまま二階へ足を運ぶことにした。


寛治は正義の部屋の扉をノックした。だが返事はない。

部屋の中から、かすかに物音が聞こえる。

正義が引きこもっていることは、寛治も知っていた。

以前から両親の相談で事情を聞いており、無理に押し入るつもりはない。


生活安全課としては、

本人の意思を尊重しつつ家族と連携して見守るのが基本だ。

寛治も心得ていた。


引っ越しの疲れもあってか、ため息をつく。

「母さん、明日でもいいか……」

そう言って自分の部屋に入り、外の暖かな日差しとは裏腹に、

二階の静寂が心に重くのしかかるのを感じた。


正義の部屋では、明るい照明とゲーム画面の光だけが存在を主張していた。

16歳の少年は小柄な体をさらに丸め、

眠ることを恐れるかのようにサッカーゲームに没頭している。


事故で右足に障害を負った今、走ることもままならない。

それ以上に、彼を追い詰めるのは――恐ろしい力だった。


翌朝、寛治はスーツに着替え、母親に軽く挨拶をした。

久しぶりに母の朝食の香りに包まれ、

食卓に並ぶ手作りの味噌汁や焼き魚に箸をのばす。

「久しぶりだと、やっぱり美味しいね」


「いやだね~、そう言ってくれると作った甲斐があるわ」

母は嬉しそうに笑い、父は仕事に出かけていた。

正義は相変わらず部屋から顔を出さない。


「じゃ、行ってきます」

寛治は軽く手を振り、家を出た。


家から県警までは自転車で五分ほど。

寛治の愛用は黒いスポーツタイプのクロスバイク、GIANT「Escape R3」


21段変速で通勤にちょうど良く、坂道でもスムーズに進む。

朝の空気を切る風が、久しぶりの故郷の街を心地よく流れた。


A市は人口100万人を超える都市で、本庁には及ばないものの、

堂々とした建物が立ち並び、警察署自体も威厳がある。


正面の広場には車両が整列し、

建物の奥には複数の駐車場と屋上にはヘリポートが備えられていた。


通勤する警官の制服はきちんと揃い、

まるで小さな都市国家のような秩序がそこにあった。


寛治は生活安全課のデスクへ案内され、初めての配属先で軽く頭を下げる。


「おはようございます。

今日からこちらの生活安全課に着任しました、

袋寛治です。よろしくお願いします」


「うむ、遠くからようこそ、袋君」

部長の田所修三が柔らかく笑みを浮かべながら頭を下げる。


「課内の流れはすぐ覚えてくれればいい。初日は無理せず様子を見ろ」

課長の正木洋二がにこやかに言った。


係長の秋田義一も声をかける。

「隊列や担当は後で決めるから、今日は顔と名前を覚えておけ」


寛治は軽く頷き、気持ちを引き締めた。ここが、自分の新しい仕事の現場だ。


A県警に一本の通報が届いた。

市内の廃屋で、女性の遺体が発見されたという。


現場に駆けつけた刑事たちは、思わず息を飲む。

全身は黒焦げに焼かれ、焼死体として発見されたのだ。


だが、頭部だけは意図的に焼かれず、髪の毛は異様にきれいに散髪されていた。

その頭部には意味ありげな謎の文字が刻まれており、

犯人の計算された意図を強く感じさせた。


死亡解剖の結果、年齢は20~40歳前後の成年女性と判明。

遺体は焼かれる前に鈍器による暴行を受けており、

死因はその暴行によるものだった。

火は遺体を焼くために使われたのである。


廃屋での遺体発見から間もなく、A県警は事件を殺人事件と断定。

署内ではすぐさま対策本部が設置され、

殺人課の刑事や鑑識班が集まり、会議が開かれることとなった。


会議室に一歩前に出たのは署長だった。

「今回の事件は重大です。まず現場の状況と初動捜査の報告を受けます」


殺人課の課長が順に現場報告を行う。現場で確認されたのは、

女性が暴行を受けた末に焼かれて発見されたこと、

頭部の髪の毛は異様にきれいに散髪され、

刻まれた謎の文字が残されていたこと。


次に鑑識班が、焼死体の状況や残された痕跡の詳細を説明する。

火災痕の形状、燃え残った頭部の状態、

現場から回収された微細な証拠――


「犠牲者の特定は急ぎます。

可能な限り、周辺住民への聞き込みも開始してください」

署長の声は落ち着いているが、重々しく響いた。


刑事たちは黙々とメモを取り、頭を巡らせる

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