第3話:街を歩いただけなのに、神官と魔族がスカウト合戦を始めた件
朝。
目覚めた瞬間、俺の耳に響いてきたのは、
左右の壁から――**まったく同時に飛び込んでくる“忠誠の叫び”**だった。
「勇者様! ご無事ですか!? 昨晩はよく眠れましたか!?」
「魔王様! 本日もお目覚めの時を迎えられたこと、深く感謝を――」
結界が切れたら、これだよ。
もうアラームより起きやすいじゃねぇかこの構造。
朝食を取るのも、顔を洗うのも、服を着るのも、両サイドの監視付き。
いや違う、監視じゃない。
崇拝と忠誠だ。
それがまた重いんだ。
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朝食後、ようやくひとりで外に出られる時間が与えられた。
聖女エリシアからも、魔族の四天王リリスからも、「街を散策するのは構わない」と許可が出たのだ。
ただし、それぞれの陣営から尾行係を数名ずつつけられてる。
つまり、現在――
「うわあああっ! あれって……勇者様じゃない!?」
「いや違う、あれは我らの魔王様だッ! この黒オーラが見えんのかッ!」
街中で俺を見かけた民衆が、割れる。
しかも口論になる。
勇者派と魔王派に。
俺はと言えば、なるべく目立たないようにフードをかぶって歩いているというのに――
「そこのあなた! この神託の教会に興味はありませんか!?」
急に肩を掴まれた。
振り向けば、青白い神官服に身を包んだ少年神官がにこやかに手を差し伸べてくる。
「あなたのような品格ある魂こそ、聖なる加護を受けるにふさわしい存在。
ぜひとも勇者育成コースに!」
いや、俺すでに勇者(仮)なんだけど。
でも断る前に、今度は逆側から声が飛んだ。
「ちょっと待った! 魔族育成所の者だがな、貴様には圧倒的な魔素の流れがある!
魔王軍の将として転生してきたに違いないッ!」
「なんでスカウト被るの!?」
人間側:神官育成コースで「未来の大聖者」に!
魔族側:暗黒エリート養成所で「次期四天王候補」に!
どっちも全力で名刺(?)を差し出してくる。
しかも、街の人々まで巻き込まれていく。
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「勇者様を魔族に渡すわけにはいかん!」
「我ら魔族にとって、あのお方こそ“預言された王”なのだ!」
「聖なる光が彼を選んだのです!」
「冥府の炎が彼を導いたのだッ!」
「いや俺はただ、パン屋に行きたいだけなんだけど!?」
もはや路上は小競り合い寸前。
両陣営が睨み合いながら、俺を真ん中に取り囲むカタチになってしまった。
その時、視界の端にパン屋のおばあちゃんが見えた。
昨日、宿の案内をしてくれた、優しい人だ。
俺はすかさずその背後に隠れ、ささやく。
「おばあちゃん、助けて……! できれば影のように……」
「……ふふ、そう言うと思って、用意しておいたよ」
おばあちゃんが手をかざすと、何故か俺の姿が煙のようにぼやけた。
【スキル:影歩き(アンチ注目)を一時的に付与しました】
「なにその便利スキル!? ていうかおばあちゃん何者!?」
「昔ちょっと、魔王と旅をしてたんだよ」
「おばあちゃん!? どっち派なの!?」
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街の裏路地に逃げ込みながら、俺は思った。
どこに行っても、崇められ、引っ張られ、争われる。
俺がただ、パンを買いたかっただけなのに、なんで宗教戦争が起きてんだよ。
(……これ、完全に俺が争いの火種になってないか?)
そう気づいた時、脳内にひとつの通知が響いた。
【サブクエスト更新】
《世界の均衡を維持せよ:選択を下す前に、中立地帯の構築を目指せ》
(……あーもう、なんか嫌な予感しかしねぇ)
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俺は今――
勇者として育てられそうになり
魔王として召し上げられそうになり
街では引っ張り合いのスカウトバトルが起こり
パンを買うことすら自由じゃない
そんな、**役職バグ持ちの一般人(勇者兼魔王)**である。