第1話:両陣営から全力で崇められてる件
神殿の中央で、俺は硬直していた。
周囲には、勇者召喚に立ち会った神官たち、騎士団、聖女と名乗る金髪の少女までがひれ伏している。
それだけならまだしも――
「魔王様……いえ、“我が主”。この大地の真なる支配者として、今ここに再臨なされました」
そう言って俺の前に跪いているのは、漆黒のローブをまとった女。
名前はリリスと名乗った。魔王直属の四天王らしい。
ややこしいことに、
そのすぐ隣では金色の鎧に身を包んだ聖騎士団長らしき男が、顔を真っ赤にして興奮していた。
「勇者殿! このアレク・バルグレン、命に代えてもあなたを守りましょう!」
すごい……本気で命張る気だこの人。
一方でリリスも負けてない。
「魔王様。ここは危険です。人間どもは信用なりません。すぐに我が“魔王城”へとお帰りください」
いやいや、こっちの人たちも“命を懸ける”とか言ってるし。
むしろお前ら二人、俺を引っ張り合って物理的に真っ二つにする気か?
「……あのさ」
俺は両者の間に手を挟んで、おそるおそる口を開いた。
「ちょっと落ち着こう? 俺も混乱してるし、まずは説明してくれない?」
するとリリスが頷いた。
「はい、魔王様。こちらへ――」
「待て、それより我が聖都でまず祝宴を開かねば!」
また取り合いが始まりそうだったので、
俺は「わかった、話し合いの場を設けよう」とその場を中立的に収めた。
いや、もうなんだこれ。政治家か俺は。
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それから一時間後、俺は神殿の奥にある謁見室らしき場所に案内されていた。
豪華な円卓の周囲には、なぜか【人間代表チーム】と【魔族代表チーム】が向かい合って座っている。
俺は――その中心。
「……それでは改めて。貴殿は勇者として召喚されました」
人間代表の聖女エリシアが口を開いた。透き通るような声に、どこか純粋な熱が込められている。
「我々の世界は、今“第七代目魔王”の脅威にさらされています。
貴殿の力は、神より託された唯一の希望――」
「異議あり。第七代目魔王とは、つまりこの方のことだ」
魔族代表リリスが、すかさず割り込んできた。
その口調は滑らかだが、目は笑っていない。
「魔王様の力は、我々の軍勢を統べる神核と直接接続されています。
偶然などではありません。転生処理の段階で、貴方は我が世界の“王”に選ばれたのです」
「選ばれたのはこちらです!」
「違う、こちらです!」
また始まった言い合い。
俺は机に突っ伏したい衝動を必死に抑えていた。
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(……一応、自分でも確認してみるか)
俺は内心で“ステータスウィンドウ”を思い浮かべてみた。
──《ユウト・サトウ》
種族:人間(?)
レベル:1
称号:勇者/魔王(※競合中)
所持スキル:
・《神託:聖光の加護》
・《魔核:混沌の覇道》
・《二重存在》※システムエラー
(……うわ、ほんとに両方登録されてる)
つまり俺は、
勇者として世界を救う力(回復、聖剣、バフ系)
魔王として世界を滅ぼす力(呪術、召喚、カオス操作)
両方持っているというチートっぷり。
でも、“両方の陣営からガチで信じられてる”せいで、立場が地獄。
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「では、魔王様。ともに魔界へと――」
「勇者殿、共に魔王討伐へと――」
再び両陣営から両腕を掴まれた俺は、心から叫んだ。
「待てっっ!!」
ドンッと机を叩いて立ち上がる。
騎士も魔族も静まり返った。
「……話は、わかった。いろいろな意味でわかった。俺の立場がバグってるのも、世界がヤバいのも」
「で、では――」
「でもな、一つだけはっきりさせとく」
俺は胸を張って言った。
「俺、今日転生したばっかだから! どっちの陣営とか、選べる立場じゃねぇの!
せめて……一泊させろ!!」
その瞬間、神殿に沈黙が走った。
──そして。
「「おおおおおおおおおおおお!!!」」
なぜか両陣営が、感動の嵐のように拍手と歓声を上げた。
「ご英断! 勇者様は冷静なる判断力をお持ちだ!」
「さすが魔王様! 長き時の眠りから覚めたばかりでも卓見を示されるとは!」
「……なんで両方から拍手されてんの俺……」
俺の異世界ライフ――いや、バグまみれの【二重生活】が、こうして始まった。