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プロローグ

雨が降っていた。

気づけば傘もささず、コンビニの袋だけ片手にぶら下げて、マンションの前に立っていた。


「あー……終電逃して、歩いて帰って、今日も残業10時間。はは、俺ってば頑張り屋さん」


スマホの電源は切れて久しく、冷え切った弁当は袋の中で潰れている。

会社でも家でも誰ともまともに喋らなかった一日。いや、一週間か、下手したら一ヶ月か。


やってらんねぇな、ほんと。


鍵を取り出そうとしたその時――


「……あ」


視界の端から、突如として飛び出してきたのは、暴走するトラックだった。

クラクションの音すら聞こえない。避けようとする暇もなかった。


光に包まれ、そして意識は、ぷつりと――



「……え?」


目を開けると、そこは真っ白な空間だった。


何もない。地面も空もなく、ただ白一色。

なのに、どこか神聖で、温かいような場所。


そして目の前には、ひとりの少女が立っていた。


見たこともないほど整った顔立ち。金糸のような髪がふわりと揺れ、

淡く光る衣がまるで天使の羽のように広がっている。


「初めまして、佐藤ユウト様」


鈴のような声が、鼓膜に心地よく響く。


「あなたの魂は、現世での寿命を迎えました。

しかし、その献身と努力が天に届き、異世界への転生資格を得たのです」


「……は?」


俺は完全に混乱していた。


死んだ? いや、たしかにトラックに轢かれたっぽい記憶はあるけど――


「転生? ってことは、いわゆる……異世界ってやつですか?」


「はい。そしてあなたには、新たな使命を担っていただきます」


少女――いや、女神は微笑んだ。


「あなたには、“勇者”の力が与えられ、この世界アルセリアを救う役割を任されます」


勇者。


この瞬間、俺の中で何かが爆ぜた。


ついに来たんだ。毎日泥のように働いて、生きてる心地もなかった日々の終わり。

ここから俺の人生――いや、異世界人生が始まる。


「俺に……そんな役目が……? ありがたく、お受けします!」


女神は頷き、柔らかく光る指先を俺の額へとかざした。


「それでは、これより役職データを転送します……【勇者コード:アクティベート】――」


ぶぅぅぅぅぅぅぅん――ッ!


その時だった。空間に不穏なノイズが走った。


女神の顔が引きつる。


「え……な、何? まさか……!? 嘘……嘘でしょう……!?」


白い空間に赤い文字のエラーコードが浮かび上がる。


【ERROR:役職データ競合】

【勇者クラスと魔王クラスが同一IDに登録されています】

【強制デュアルクラス化を実行します……】


「ま、魔王……? 待って、これはおかしい! こんなバグ……前例が……!」


女神の動揺は本物だった。

でも、俺にはどうしようもない。


次の瞬間、俺の身体は強制的に転送の光に包まれた。



目を開けると、そこは白亜の大理石でできた壮麗な神殿。


「おおおっ! 勇者様が降臨されたぞーッ!」


歓声とともに、騎士たちがひざまずき、神官たちが祈りを捧げる。


「これが……勇者様……!」


「なんという神々しさ……!」


俺は、世界に歓迎されていた。


確かに――勇者として、な。


けれど。


「魔王様……!」


神殿の奥、黒い霧が湧き立つように現れたのは、全身を漆黒のローブで包んだ女性だった。

蒼白の肌に、真紅の瞳。彼女は俺を見つめ、ゆっくりとひざまずく。


「お戻りください、我らが王よ。

世界を統べる“真なる存在”――あなたこそが魔王にして、混沌の主です」


あまりに堂々としたその言葉に、神官たちが凍りつく。


そして俺は、悟ってしまった。


――この世界で、俺は“勇者”として召喚された。

だが同時に、“魔王”としても降臨してしまったのだ。


つまり――


「……おいおい、マジかよ……」


俺は、“世界を救うために存在する勇者”でありながら、

“世界を滅ぼすために生まれた魔王”でもあるという、

とんでもない“バグキャラ”になってしまったのだった。

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