第4話
熊野に連れていかれた先は校長室だった。
そこには校長先生ともう一人、見知らぬスーツ姿の男性がソファーに腰かけていた。
澪音達が入室したのを確認すると二人は立ち上がった。
「よく来てくれましたね。こちらは」
紹介しようとした校長先生の言葉をスーツ姿の男性が片手で静止した。
「警視庁捜査一課の冴木といいます。志水澪音さんですね。お友達の雨谷未央さんについて少々お話伺いたいのですがよろしいでしょうか」
そう低姿勢で来る刑事は、一見すると30後半から40代のくたびれた中年だが、その目だけはやはり刑事なのだと思わせる鋭さが宿っていて、澪音は少し息を吞みながらうなづいた。
「早速ですが志水さんあなたと雨谷さんの関係はどのようなものなのでしょうか」
「幼稚園からの幼馴染で親友です」
澪音は間髪入れずそう答えた。
このことだけは絶対に否定させない。そんな前のめりな気持ちの入った言葉に冴木は少し驚いたようだった。
「そうですね。授業中もいつも二人で話していて、私も何度咎めたかわからないくらいですよ」
そんなことを言う熊野に冴木は少し目線だけ向けたが、すぐに澪音に向き直った。
「最近雨谷さんに変わった様子はありませんでしたか?例えば家に不満を持っているとか、誰かに付けられている気がするとか」
澪音は必死に記憶をさかのぼった。しかし、澪音の記憶にある限りではそのようなことはなかった。
「いや、ないと思います。家族仲もとってもいいですし、ストーカーとかもいつも一緒にいたけどそんな気配はありませんでした」
「本当か?志水の知らないところでそういうこともあったんじゃないか?」
熊野のそんな言葉に澪音は強い苛立ちを覚えた。
「熊野先生、ちょっと出て行ってください」
「志水!先生に向かって出て行けとはなんだ!!」
怒鳴る熊野を澪音は睨みつけた。
「未央はどんなことだって私に相談してくれたし、もし仮に私に秘密にしていたとしても、それを私が知っているわけないじゃないですか」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」
校長がとりなそうとしたが、再び冴木がそれを制止した。
「とりあえず、熊野先生には退室していただきましょうか。あなたからはあまり有益な情報を得られそうにありませんし、志水さんも興奮してしまいますしね」
「どうしてですか。私は二人の担任ですよ。だいたい」
そうまくしたてる熊野を冴木はまぁまぁと言いながら、校長室から追い出した。
少しの間、校長室には沈黙が満ちていた。
澪音は高まった自分の気持ちを抑えようと、冴木はそんな澪音の様子を観察しようと、校長はそんな室内の雰囲気に耐えられないのか、下を向きそわそわとしていた。
「そろそろいいですかね。それでは雨谷さんが失踪する直前のことについて聞かせてください」
「はい、あの時は____」
澪音はメッセージのやり取りを話した。ただ、声については一言も触れなかった。
「そうですか。それでは実際にそのメールを見せてもらうことはできますか?」
「あっすいません。今日はスマホ家に忘れてきちゃったんです」
嘘だった。実際は今も教室のカバンの中に入っていた。
しかし、あのメールを見せれば必ず声について聞かれる。
澪音の中にはあの声が未央の失踪と関係があると確信していたが、今警察に言っても与太話で終わってしまうだろう。
そうすればきっと真相にはたどり着けない。だからこのことを話すのはもっと確証を得てからにしようと思っていた。
だが、澪音は気が付かなかった。冴木が今日もっとも鋭い目をしていたことに。
「そうですか。でしたら私のメールアドレスを渡すのでお家に帰ったらスクリーンショットを送ってください」
そう言うと冴木は澪音に自分の名刺を渡した。
そしてそのまま立ち上がり、校長室をあとにした。
澪音は名刺を見つめながらあることを決意した。
校長室を出た後、学校の校門で冴木は電話をかけていた。
「鈴木君、そっちはどうだい」
「どうだいじゃないですよ。なんで冴木さんは毎度一人でどっか行っちゃうんですか」
「それは悪いと思ってるよ。で?」
「あぁ~もう。マル対の両親と最後に寄ったというカフェのマスターから聞き込みをしましたが、特に不審な点はなかったそうです。これからマル対の通っている学校にも話を聞きに」
「そっちはもう終わったよ。ついでにさ、こっちに来る予定だったなら迎えに来てくれない?」
「ほんっとうに、振り回されるこっちの身にもなってくださいよ。5分ほどで着くので待っていてください」
「いやぁ悪いね。昼はおごるからさ」
そいって冴木は電話を切った。
冴木には長年培ってきた刑事の勘がある。
そしてその勘が言っている。
あの少女は何か重大なことを知っている。
そしてそれを早く暴かなくては犠牲者は増え続けると。
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