第3話
結局あの後未央は見つからなかった。
未央の母親から電話が来たあと、帰ってきた父親も含めて澪音の両親も捜索を手伝いに家を出た。
澪音もついていくと言ったが、時間が夜遅く、雨も降っていたので危ないと断られた。
布団の中に入っても、目がさえてしまって一向に眠れる気配がしなかった。
澪音の頭の中には同じことがループし続ける。
未央は無事なのか、あの声は何だったのか、あの声が何かしたのか、あの時もっとちゃんと引き留めておけばよかったのか、未央は無事なのか、
何一つ答えが出ないまま夜は更けていった。
翌朝
結局一睡もできず、ぼんやりとしていた澪音は少しでも気分を変えようと顔を洗いに洗面台に向かった。
蛇口をひねり手に水を当てたとき、昨日のことを思い出した。
すべての声は水にふっれたときに聞こえていたということを、澪音は今更ながらに思い出したのだ。
すぐに手を引いたが、声は聞こえてこなかった。
実はすべて夢だったのではないか、本当は最初から声なんて聞こえていないし、実際には未央も行方不明になどなっていないのではないか、そんな考えが浮かんだ。
ならば夢から完全に覚めるためにも澪音は顔に思いっきり水をかけ、前を向いた。
すると、鏡越しに目が合った。
鏡越しに覗いてくる、真っ暗なその双眸は澪音のことを映してはいなかったが、逆にそれが澪音のことを吸い込んでいる、そんな風に感じた。
口元は三日月のように開かれ、何かを期待している、楽しみにしている、そんな表情だった。
澪音は恐怖に呼吸も忘れたまま動けずにいた。静かな洗面室で水が澪音の顔の輪郭をなぞりぽたぽたと下に落ちる音だけが響く。
緊張状態の中、研ぎ澄まされた澪音の耳にガチャリという音が玄関の方向から聞こえた。
一瞬、その音に気を取られ鏡から目を離した。
再び視線を戻した時にはすでに鏡には澪音の姿しか映っていなかった。
澪音は忘れていた息を思い出し、深く荒い息を繰り返した。
「ふぅ、ただいま」
玄関からした母の疲れた声に澪音はこのままでは心配させてしまうと考え、無理やり息を整えて顔を拭き出迎えた。
「おかえりなさい。どう、だった?」
母は無言で首を振った。
どうしようもない現実を突きつけられて澪音の目に涙が浮かびそうになったがグッとこらえた。
「ひどいクマ。一睡もしてないんじゃないの?今日はもう学校休む?」
心配する母の言葉に澪音は揺れた。
このまま布団にくるまって何も考えないでいたい。そう思う気持ちが確かにあったからだ。
しかし、それではいけないという気持ちも確かにあった。
それに、
「大丈夫。学校にはちゃんと行くよ。何かしていないと気がまいっちゃいそうだし」
「そう...無理はしないようにね。お母さんはちょっと今から寝るから、悪いけど朝ご飯は自分でお願いね。お父さんはそのまま会社に行ったから作るのは自分の分だけでいいからね」
そう言うと母は澪音を抱きしめた。母の体温は雨と夜の冷たさでひやりと感じたが、
それでも、
「本当に無理だけはしないで。お母さんとの約束ね」
「うん。わかった」
母のやさしさに、先ほどまで冷えていた澪音の心がじんわりと温かくなっていくのを感じた。
学校はいつも通りの喧騒に包まれていた。
しかし少し耳をすませば聞こえて来る。
「雨谷さん行方不明なんだって~もしかして誘拐とか?」
「やっば、臓器とか売りさばかれちゃったりして」
「え~それより体目当ての変態とかじゃない?ほら、雨谷さんスタイルいいし」
そんな風に未央の行方不明を笑い話にしている奴らがいる。
彼女たちにとって未央の行方不明なんて対岸の火事なんだろう。
私も行方不明になったのが未央じゃなかったら、そういう冗談を未央と話していたかもしれない。
そうは思っても、親友のことをそんな風に言われていい気なわけもなく、だからといって言い返せるわけでもないので、澪音は自分の席に着き机に突っ伏して耳をふさいだ。
しばらくそうしていると、始業のベルが鳴った。
扉を開け担任の熊野先生が入ってきた。
「ほら、席に着けもうチャイムなってるぞ」
その声に澪音は顔を上げしっかりと座りなおしたが、そうするといやでも目に付く空席があった。
未央は昔から学校を休んだことがなかった。
だからいつも学校に来れば未央がいて、どんな時でも話しかけてくれた。
それがないことが澪音の心に再び影を落とす。
「みんなも親御さんから聞いてはいると思うが、あまりよそで言いふらさないようにな。もしマスコミが来ても絶対に答えず、必ず先生たちに伝えるように」
マスコミという言葉に再びクラスがざわついた。
自分がインタビューを受けるかもという期待が透けて見える。
そんなクラスの様子にも関わらず、熊野先生は特にたしなめるということもしなかった。
「それじゃあ、一限の国語は自習だからほかのクラスに迷惑かけないように静かにしてろよ。授業監督には教頭先生が来るからな」
一限が自習になった喜びと授業監督が教頭先生が来る不満の声がクラスの中で起こった。
この時、澪音の心には一つの諦めがついた。
本当にこの人たちは未央のことなんてどうでもいいんだと。
「志水、ちょっといいか」
熊野が澪音のことを呼んだ。
おそらく未央のことについて聞きたいのだろう。
しかし、本当はこの人も未央のことなんてどうでもいいに違いない。
そんな疑心暗鬼の種が澪音の心に芽生えつつあった。
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