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水螢  作者: タケウマ
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第一話

夏ももうすぐ本番といったころ。

蝉の鳴き声が響く中志水 澪音(シミズ レイネ)は帰路についていた。

今日は期末テストの最終日で午前放課だった。

テストが終わったことの解放感からその足取りはとても軽かった。


いつもとは違う帰り道。

簡易的な舗装しかされていないこの山道を選んだのは、涼しげな木陰に惹かれたのと、少しだけ遠回りをしてもいい気分だったからだ。

この道は小さいころから何度も通っている。

緑の屋根が強い日差しを遮るこの道には、運がいい時だとタヌキや鹿なんかが現れたりもした。

そんな慣れ親しんだ道を進んで行くと吊り橋が見えた。

ここは昔から少し渡るのに勇気が必要だった。

遮蔽物のない橋の上には容赦のない風が吹きつけて来るし、

造られてから時間の経った吊り橋は、一歩歩くごとに、キィキィと音を上げるからだ。

そんな橋を今回も勇気をもって渡って行った。

一歩一歩、異変がないか確かめるようにそっと歩いていく。

ようやく残り半分といったところで、強い風が吹いた。

大きく揺れる橋に、澪音はたまらず縄に摑まった。

目をぎゅっと瞑り揺れに耐えていると、途中ぶちっという音が聞こえた気がした。

しばらくすると揺れが収まった。

ほっと安心し、身に着けていたものを確認すると、カバンにぶら下げていたお守りがないことに気が付いた。

それは去年亡くなった祖母が最後にくれた贈り物だった。最近糸がほつれてきていたので近いうちに直そうと思っていたのだが、先ほどの強風に耐えられなかったのだろう。

澪音は足元を気にせず、一気に橋を渡り切った。

そして降りられそうな箇所を見つけ、川岸に向かった。

幸いにもお守りはすぐに見つかった。

風に奪われたお守りは、川の水に囚われることなく川岸に落ちていた。

よかった、と澪音は胸を撫で下ろした。

軽く濡れはしたものの、柔らかな布の端にわずかに泥がついているだけだった。

「よし、このくらいだったらちょっと洗うだけで済むよね」

お守りも見つかったので再び帰路につこうと顔を上げた。

だが、あるものが澪音の目に留まった。

薄暗い木々の隙間、その奥に、まるで誰かがそこに立っていたような形の影。

よく見ると、それは苔に覆われた小さな石造りの祠だった。

「あれ? こんなところに、祠なんてあったっけ」

澪音の足は自然とその祠に吸い寄せられていった。

次第に蝉の声が遠のき、川の音だけが大きくなっていった。


祠のそばまで来たとき、ぴちょんという大きな音と共に足に水しぶきが当たった。

「ひゃっ。なに?」

しかし、あたりを見渡しても変わったものは何もなかった。

澪音は足元も確認してみた。

すると、ちょうど澪音の右隣に人ひとりが立てそうなほどの水たまりが広がっていた。

おそらくここにカエルか何かが飛び込んだのだろう。

そう考えることにした。

足に当たった水は妙に冷たく、肌の上でじっとりと残るような感触だった。

しかし澪音はそれを気のせいと片付けた。

祠のあるこの場所がそんな風に思わせているだけだと。


澪音は再び意識を祠に向けた。

祠の周辺には草が生い茂り、もうずいぶん長いこと放置されていることがうかがえる。

「うーん。これをみて見ぬふりは後味悪いかな。ちょっと掃除しようかな」

澪音は制服の袖をたくし上げ、祠のまわりに手を伸ばした。

指先に触れた草は、もう正午を過ぎているのにしっとりと朝露を残したままであった。

長年踏み入れられていなかったのだろう。根が複雑に絡み合い、小石や枯葉を巻き込んでいる。

澪音は石の隙間に指をかけて、祠の正面を覆っていた蔦をそっと取り除く。

古びた石に隠れていたのは、手のひらサイズの小さな水鉢。

中心には蓮の花をかたどった浅いくぼみがあり、そこにだけ雨水ともつかぬ水が透明なまま留まっていた。

澪音は無意識のうちに、その水に指をつけ、舐めた。その瞬間口いっぱいに甘さが広がった。

「甘い‼なにこれ」

水鉢を覗くとそこに子供の姿が見えた。

しかし、澪音の感情に驚きはなく、悲しみがあふれていた。そして涙が一滴零れ落ち、水鉢の水面を揺らした。

「あれ?私なんで泣いて...」

涙はすぐに止まっていた。そもそもなぜ涙を流していたのかも分からなかったので、困惑していた。

その時、澪音のスマホが鳴った。

「あっ、未央からだ」

それはラインの通知だった。開くとそこにはメッセージと写真が貼られていた。

未央〈期間限定一日1個のアルティメット苺ショートケーキGET〉

というメッセージと共にそれを口いっぱいに頬張る自撮り写真が送られてきてた。

アルティメット苺ショートケーキとは、学校の近くの喫茶店のマスターが究極を求めて生み出したショートケーキである。徹底した温度と湿度の管理で春に収穫した苺を極限まで熟成させたもので、食感は苺なのにまるでジャムのような甘さを誇るという噂である。ただ、とても数が限られるので、年に5日ほど1個だけ販売されるという幻のスイーツだった。

「え~ずるい。なんで言ってくれないのさ」

澪音の口からそんな愚痴が零れた。

直接、文句の一言でも言ってやろうと電話をしようとしたとき

急に空模様が崩れた。

「えっ?急に?もう、今日は晴れるって予報じゃなかったっけ」

雨が降る前に早く帰ろうと、澪音は祠を背にし走り去った。


しかし、すでに雨は降り始めていた。

お読みいただきありがとうございます。

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