プロローグ
夜の帳が降りた都市。その中心に、かつての工業地区だった面影を辛うじて残す、錆びた鉄骨の群れがあった。瓦礫に囲まれ、廃墟と化した巨大な工場。その屋根裏で、ひときわ静かな足音が響く。
男は、古びた鉄骨の梁をすべるように移動していた。
黒ずんだコートの下には、年代物のポンプアクションショットガン。身体の動きに一切の無駄はない。照明の死んだ空間の中、唯一残った蛍光灯の破片がチカチカと淡い光を放ち、彼の顔を照らす。
冷たい光の中に浮かぶ瞳は静かだった。狩る者の目だ。
彼――“ファントムバックファイア”は、廃工場の亡霊と呼ばれている。
突如として侵入した黒装備の襲撃者たちは、彼の存在に気づかない。だが次の瞬間、鉄骨の影から僅かに覗く銃口と、機械のような正確さで引かれるトリガー。
「──っ!」
最初の一発。鋼鉄の散弾が空気を裂き、隊員の喉元を穿つ。
次に姿を見た時には、すでに別の足場に彼はいた。
ヒット・アンド・アウェイ。敵の反撃が始まる前に、半数は沈黙していた。
「……また、か」
声のない呟き。無表情のまま、彼はリロードしながら歩き出す。
そして、その耳元の通信機が、ノイズ混じりの声を拾った。
『こちらスコール。残り2人、揃う気はあるか?』
ファントムは一瞬だけ目を細めた。
「冗談はやめろ。あの頃の亡霊を、今さら呼び戻す気か?」
『……レイナが、拉致された』
その言葉を聞いた瞬間、彼の足が止まる。
『やつらは、“E.C.H.O”の再起動を始めてる。……テンペストも動き出した』
廃墟に、また足音が戻る。
今度は、過去と共に。