担当スカウトの話①
僕は二十代で、今までの人生自体長くないから、必然的にスカウト歴も短い。ペーペーと言われてしまう立場だ。
担当の杉森圭吾は全国的な知名度はまったくない最下層のランクの選手だから釣り合っているが、ゆえに僕に観にいけと上からお達しがあったのではない。彼の高校が自分の地元と近かったこともあって、たまたま情報が僕のもとに転がり込んできたのだ。「バッティングがとても良いし、守備も同年代のコの平均を上回る。何より、プレーがダイナミックで観ていて面白く、野球のことなんてまるでわからないおばちゃんなんかでも好きになって応援してしまうんだ」と。高校球児を褒めるのに、おばちゃんが好きになってしまうほどプレーが面白いだなんて、そんなの聞いたことない。それで興味を持って、足を運んだのだ。
そして目にした彼は、聞いていた話から想像した通り、いや、それ以上に華があった。能力も悪くないけれど、同じ歳でもっとレベルが高い選手はいる。しかし、一挙手一投足が魅せるし、何かやってくれそうな雰囲気をまとっているのである。さらにルックスまで良くて、あれだったらおばちゃんよりも若い女のコのほうが好きになってしまうだろう。事実、一緒の学校の生徒による応援で、主力バッターというのもあろうが、杉森くんのときは女子の声が一段と大きかったのだ。
公式戦の順位が長きに渡り毎年下位と、低迷しているうちの球団には、望まれる、チームを活気づける点においても、ファンを増やしてガラガラ状態の球場の集客人数をアップさせる効果にしても、計算ができて、とりわけ合っているとすぐに感じた。おみくじで大吉を引いた気分で、「僕、何か善いことしたっけな」と思ったほどだ。
「いいのを見つけました。一押しです」
球団の上の人にそう報告したところ、経験上「そうか、よくぞ見つけたな。でかした!」とはならないことはわかっていたが、案の定、色よい返答はもらえなかった。どこの馬の骨ともわからないような存在の彼を獲得するとなるには、例えば、注目度の高い夏の大会で、すでにドラフトの上位指名候補になっている投手からホームランでも打てば、と言うのだ。
いやいや、そんな活躍をしたら、せっかくの掘り出し物なのに、他のチームにも目をつけられて、取られることになってしまいかねませんよ、と思ったけれど、確かにそれくらいしてくれないと厳しいプロの世界でやっていけないか、というのも浮かんだし、悩ましい。
そんな不安定な気持ちを抱えつつ、その、夏の地区大会で、杉森くんが出場する試合が行われる球場に向かった。
「ほら、見ろ」
思わずそうつぶやいたのは、彼が一回戦の一回表の第一打席にいきなり一発を放ったからだ。
ピッチャーは先制点を与えたくないし、しかも相手は四番バッターということで、おそらくマックスの力で投げた、威力のあるボールだった。それを、完璧な、プロが打つ角度でのホームランである。しょっぱなから結果を出すというスター性がやっぱりあるうえに、純粋な野球のレベルも確実に上がっている。短期間でのこの成長は努力が並ではない証だし、伸びしろはまだまだあるだろう。もうケチのつけようがない、絶対に入団させるべき選手だ。
目の前の霧が一気に晴れたようで、ダイヤモンドを一周し終えてダッグアウトに帰ってくる杉森くんの耳に届く、バックネット裏の最前列まで駆け寄っていって、「きみを絶対に獲るから、プロ志望届を出せよ!」と叫びたくなった。この後も打ちまくって、たくさんの球団からアプローチされることになる前に、そう声をかけておけば、好印象でもあるだろう。
けれど、当然だがそんな行動は起こさなかったこのときだけでなく、隠れまではしないものの以前からその気のある態度を彼に見せなかったのだが、それは指名できなかったらかわいそうだからだ。