所属球団の幹部の話②
「俺は好きなだけで専門的にスポーツに詳しいわけじゃない。だが、幼い頃からいろんな競技を観てきて、これは断言できる。チームスポーツで勝つか負けるかは監督次第だ。どれほど優秀な選手をかき集めたって、監督がその役職に向いてない奴なら、プロ野球のレギュラーシーズンのように長丁場で運が味方してくれても限界がある場合、絶対に優勝はできない。逆に、選手はたいしたのがいなくても、監督が有能ならば勝てる。そんな当たり前なレベルのことがわかってない人間がけっこう多い。日本のプロ野球は、それこそビジネスとしてうまくやれればいいと考えてるからか、監督の人選がまあひどい。とにかく自分とこのチームで、選手時代にそのときどき最も活躍したOBを年齢順に据えるのが常識になっている。獲得する選手選びはスカウトに何年もの間調査させたり、今じゃ動作解析なんてので活躍できるかの分析を相当するくせに、監督は、過去にチームに貢献してくれたからってことなんだか知らねえが、そんな調子でプレイヤー時代の実績でチョイスするんだ。バカじゃねえかと思うよ。そのOB監督での優勝が見たいんだというファンもいるにはいるだろうが、勝ってくれるなら監督は誰だっていいと思うほうが圧倒的に多いに決まっている」
「なるほど。しかし、すごく優秀な監督はさすがにOBでなくとも放っておかれないのではありませんか? 他球団との争奪戦になった場合、そうならず単独で交渉できたとしても実績がある方であれば、相当な金額を提示しなくては来ていただけないのではないでしょうか? 監督に限っては、支払うのが高額になっても構わないというお考えなのですか?」
「いいや。監督だけ高い給料じゃ選手がやる気をなくすし、有名な監督で優勝するのも大物選手をたくさん獲って勝つのと一緒で面白くねえ。いるはずなんだ、まだ知られていない、指導者の才能がある人間が。そこで選びがちなのが、テレビなんかの解説で、コメントがとても理論的で賢いと感じさせる奴だ。だが、それは間違っている。野球をよく理解しているのと監督の能力があるかは別だ。監督っつうのは、制限時間内に今冷蔵庫にある食材だけでどれほどおいしい食事を用意できるかみたいな独特の才能が必要で、学べば学ぶほど身につく通常の料理の腕とは異なるはずなんだ。知識のみならず、情だとか人間的なところの操縦も結果に大きく関わってくるだろうしな。監督の力量があるかどうかは、とにかくやらせてみなけりゃわからない。だから、希望者を募って面談したり、独立リーグでやってる人間を観にいったりして、見込みがありそうな人材を見つけたら、二軍や三軍の監督にして試す。そして、与えた場で勝てるかだけじゃなく、コミュニケーションをとって作戦の意図を訊くなどして、一軍の指揮を任せられるか改めてしっかり審査する。選手以上にそうやって監督の資質の調査を徹底的にやれば、勝てるチームに必ずできる。ただし——」
藤野はソファーの背に体を預けた。
「時間がかかるわな」
そう言うと、すぐに体勢を戻した。
「けども、俺はそんなに気は長くねえし、早くできるならそれまでは負けて構わないなんてこともない。中身が伴わなければ意味がないから、今言った監督選びの体制作りは焦らずじっくりやる必要があるが、時間をかけてチームを強くするなんつうのは、その気になりゃどこだってできるんであって、世間をあっと言わせるには球団を保持した初年度から優勝するのが一番だ」
「では、最初の監督はいったい?」
力があるのがわかっている有名な人は駄目で、見込みがありそうな人は下で試してから、なら、初めの監督はどうするつもりなの?
疑問を示した私を面白がるように、社長は再び微笑んだ。
「話したように、日本のプロ野球ではどこのチームも監督を選手時代の成績で判断するから、その実績のランクが高いほど、結果が良くなくても大目に見て何年も指揮官の座を与えてやる一方で、選手としてたいしたことがなかった奴はちょっと駄目だったらすぐに解雇するんだ。そこが狙い目で、今まで俺が見た監督のなかでこれはと思うのがいる。この男だ」
彼は一人の男性について書かれたペーパーを差しだし、私が視線を向けると、説明を始めた。
「仁科雄造。選手時代は主に代走や守備固めでの出場で、実績はないに等しい。この男の前後の監督はともにタイトルホルダーで、タイミング的に他に目ぼしいのがおらず、ワンポイントリリーフという感じで指揮を託されたんだろう。その一年目に日本一、翌年もリーグ優勝したがシリーズでは敗れ、そこで退任している。十分な成績だが、チームが強いところだったのと、たったの二年とあって、世間だけでなく専門家による評価もそこまでは高くないために、名監督のカテゴリーには入っていない。この男をうちでの初代監督にする」
私は知らない、その仁科という人は、資料の写真では、メガネをかけていて賢そうであり、また、気難しい印象だ。
「ただ、懸念が一つある。球団側がもう終わりと決めたように思われているが、いくら二年目に日本一を逃したとはいえ、リーグを連覇してるんだ。さすがに球団は契約延長を要請したけれども、仁科のほうが固辞したという話がある。監督業に満足しちまったか、あるいは在任中に失望するようなことでもあって、もうやる気はないのかもしれない。それで——」
そういうことか。
「私に交渉にあたれということですね?」
私はその点でも藤野から社内で最も信頼されていると言って差しつかえない。今回は意見を聞く以上に、そちらを求める要素が大きかったわけだ。
そう、私はこのたび本社から、所有することになったプロ野球球団の北信越ロケッツに、出向となるのである。
「ああ。話した通り、高額な年棒は用意しないが、他に望むものがあるならばでき得る限り呑むという条件で、頼む」
「わかりました」