高校時代の友人の話③
ある日、圭吾は監督に呼び止められて、言われたそうだ。
「杉森くん、プロ野球界に身を置く気はないのかい?」
「あります」
圭吾は言葉にはしなかったものの「いずれは」を意図しての返答だった。監督も同様の意識で話を振ってきたのだと考えてわざわざ口にせず、応援でもされると思いきや、意外な続きが待っていた。
「だったら、プロ志望届を提出しなきゃ駄目じゃないか。それが必要なことはわかってるよね?」
「……はい」
呆気に取られて返事に時間がかかってしまった圭吾は、直後に「またまたー、このタイミングでドラフト会議で指名されるなんて、あるわけないじゃないですかー」という言葉が頭に浮かんだけれど、監督は普段俺たちに向かって冗談を言う人ではないし、目の前の至って真面目な顔からもやっぱりジョークだとは思えなかったらしく、そんなフランクな返しはできなかったという。
「監督、そこまで野球に無知だったのか?」
話を聞いて、部室で部員みんなでその件についてしゃべっているときに、一人がつぶやいた。
「なー。圭吾の能力の高さを存分に理解してる俺たちだって、さすがに無理なことくらいわかるぜ」
「上位指名されるかって選手が最後まで名前を呼ばれなかったりするほど高いハードルだもん」
野球をやっていて、とりわけ俺たちの年頃で、ドラフト会議に興味がない人間はほとんどいないだろう。だからどいつもこいつも詳しい。
発言はしなかった俺も、「ほんとどういうつもりなのだ?」と、監督に対して首をひねった。
「自分とこの選手がプロ志望届を出したって、自慢をしたいのかも」
また別の奴がそう口にした。
「えー?」
それも確率は低い。監督はそういうタイプでもないし、みんなが知らない顔があるとしても、自ら提出するよう求めた、しかもプロ志望届程度のものが、自慢になるとは思えない。
「で、圭吾、出したの?」
「うん。まあ、可能性はゼロではないわけだし、将来の予行練習じゃないけれど、せっかくだからさ」
「確かに、スカウトが観にきてたのは来てたんだもんな」
それでも、あいさつなどはっきりしたアプローチはなかったというし、俺たちが目にしたスカウトの姿に本気さを感じることもなかったので、部員は誰しもが、圭吾が指名されるとは思っていなかったのだ。
しかし——
ドラフト会議当日、プロ志望届を提出したので一応学校に残っていた圭吾のもとに、一人の先生が走ってやってきた。
「杉森くん! きみ、ドラフトで指名されたぞ!」
部屋のドアを開けるやいなや、先生は叫ぶように言った。その先生のそんな興奮した姿は初めて見た。
「ええ!」
圭吾に付き合って帰らず一緒にいた俺たち同学年の野球部の面々が、先生に負けないだけの大声をあげた。当の圭吾も、声こそ出さなかったものの、びっくりした表情になっていた。
「育成選手でだが、北信越ロケッツに!」