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プロ野球マニア(オタク)の話④

「やったー!」

 その日の杉森は、ホームランを含む四安打の大活躍。僕の隣で勝間は喜びっぱなしだった。

「すごいよね?」

 目をキラキラさせて、僕に問うた。

「でも、ファームの試合だからな。それに昨日まではそんなに打ってないし」

「なに、私が好きだから、嫉妬してるの?」

「違うわ! 誰が嫉妬なんか……」

 だいたい、この杉森という男は、まだ結果らしい結果をまったく出していないのに、支配下登録をされたのだ。いったいどういうことなのか? いかがわしいったらありゃしない。

 まあ、そのことは言わないでおいてやるが。

「行こう」

 試合が終了すると、すぐに勝間は腰を上げた。

「何だ。あれだけ楽しんでおいて、さっさと帰るんだな」

 別に余韻に浸って会話とかしたいわけじゃないけどさ。

「違うよ。圭吾をもっと近くで見たいから、ホテルまで選手を運ぶバスのところに移動するの」

「えー? 目にできるかわかんないし、出待ちなんて面倒くさい」

 それに、「圭吾」って、下の名前で呼んじゃって。恋人かよ。

「いいから、ほら」

 勝間は僕を引っ張った。

「もー」

 散々見て、もういいだろうよ、あいつのことは。

「よし、レッツゴー」

 でも、仕方がないからついていった。


「ちょっと、どこ見てんの? 来ちゃうよ」

 球場前に停まっているバスから少し離れた位置に立っているなか、僕はぼーっと別の方向に目をやっていた。

「いいよ、見逃したって。僕は興味ないんだから」

「あ、ほらほら、来た。いた!」

 うるせえな。

「ねえ、バス乗るよ。キャー、圭吾ー! 乗っちゃった。ねーってば」

「僕、ファンじゃねえし」

 だから、どうでもいいっつーの、あんな奴。

「あ、あそこの席にいる!」

 勝間はバスを指をさした。

「バス行っちゃうから、一目だけでも見なって。後々後悔するよ」

「いいって」

「ほうら!」

 勝間は無理やり僕の視線をバスのほうに持っていった。

「チッ」

 ったく。

 しょうがないから目をやると、杉森は本を開いていた。

 !

 あれは……。

「なに読んでるんだろう? 漫画かな?」

 勝間がつぶやいた。

「違う。『代打論』だ」

 僕は言った。

「え? だいだって、あの、野球の代打?」

「そう」

 ちょっと遠いけど、間違いない。あの表紙は。

「なんで?」

 勝間は不安な顔になった。

「入団したばっかりなのに、代打の本なんて。圭吾、レギュラーになる自信がないのかな?」

 いや。

「多分だけど、そうじゃなくて、この先もし一軍に上がれても、最初は代打で起用されて、そこで打てるかどうかで、レギュラーに昇格するか、それとも二軍にまた落とされるかが決まるからだよ」

「へー」

 勝間の表情が一気に晴れた。こいつは喜怒哀楽がけっこう激しい。

「すごーい。そんなことまでよくわかるね」

「そんなことより、あいつ、絶対にプロ野球選手として成功するよ」

「え? どうして? この前はわからないって言ったじゃん」

「あの本は、代打でよく打つ選手のことを『代打の神様』って呼び方がされるけれど、本当に神レベルの代打成功率を誇った、もう引退してる、伊達竜彦って人が書いたんだ。素人の僕が読んでも『すげえ』って思う、バッティングの極意が記されてるんだよ。今までプロ野球関係者の書籍を数えきれないほど読んだ僕が、ナンバーワンを挙げろと言われたら、迷うことなくあれを選ぶくらい良い本なんだ。その割に、世間には知られてないけどね」

 暇つぶしという感じじゃなく、杉森は真剣に文字を追っている。これでレベルアップしないはずがない。誰かに薦められたのなら運もあるし、わからないほうがどうかしているとはいえ、ちゃんと書かれてある内容の素晴らしさを理解して頭に叩き込もうとしている様子からして、運動神経任せや単純に量を積み重ねる努力だけでプロの世界で生き抜こうと考えている駄目な奴じゃなく、きちんと学ぶ意欲がある、見込みのある人間であるということだ。

 そして、チームも選手も特定のファンはいないと述べたが、僕がこれまで観てきた歴史の中で一番好きで、そう言ってもいい唯一の存在が、伊達だ。それは容姿がかっこいいといったちゃちな理由ではなく、野球の実力という本質的な部分で本当にすごかったからだ。やることだけやって余計なことはしゃべらない、職人気質な雰囲気も好ましくはあったけども。

「ほんと? じゃあ、これからも一緒に応援しようね」

 勝間は僕の腕に手を絡ませて言った。

 ……。

「こ、これから『も』って、僕は別に応援してなかったけど、成功するって発言した手前、まあ頑張ってくれればいいなとは思うよ」


 あの試合の後、すぐに一軍、それもスタメンに昇格、しかし控えに降格と、短期間に立場がころころ変化した杉森だったが、代打や途中出場からの打席で好成績を残して、再びレギュラーをつかみ、現在はその座に定着している。

 控えで結果を出したことについて、「一軍のピッチャーのボールに慣れてきたからだ」と説明する解説者が多かったけれど、それだけではスタメンよりも難しいと言われる代打で、高い成功率は成し得ないだろう。伊達の「代打論」を読んで学習したおかげだ、間違いない。

 初めはそうかと思った、チャラチャラした人間ではないみたいだし、活躍しないと勝間が落ち込むからさ。

 頑張れよ、杉森。


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