プロ野球マニア(オタク)の話②
違う日、クラスの教室で、友人の福田がニヤニヤしながら僕のところに近づいてきて、声を発した。
「二組の勝間が、お前のことをじっと見てたぞ」
「ふーん」
「あれ? わかるよな? 勝間のこと」
福田は拍子抜けした表情になった。
「わかるよ。知った間柄じゃないけど」
「なんでそんなリアクションなんだよ。あのコ、可愛いじゃん。興味ないの?」
「うん。ないね」
「嘘言えー」
そう口にすると人の体をつついてきやがったのを、払いのけて僕は言った。
「ほんとだよ」
その会話から少ししてだった。
「ねえ」
休み時間に、トイレに行って教室へ戻る途中の廊下で、背後から声をかけられて、振り返ると、福田が話していた、勝間という僕らとは別のクラスの女子生徒が、こっちに視線を向けて立っていた。
背はちょい低めで、髪はちょい長めで、別に男子たちにモテまくってなんかはいないけれど、確かに可愛いという表現がしっくりくる顔立ちなのだろう。密かに恋心を抱いている男は少なくないかもしれない。
福田は基本嘘をつく奴じゃないが、そこまで信用できる男でもないし、何か魂胆や、勘違いとかだってあるわけで、疑う気持ちがゼロではなかったけれども、本当に僕を見てたのか。
「何か?」
「あなたって、プロ野球についてすごく詳しいんでしょ?」
「え? まあ……」
プロ野球のことを訊かれるのはよくあるが、女子からは初めてで、といっても他のことでも女子から声をかけられるのなんてめったにないけれど、ともかく、予想していなかったので軽く驚いた。
でも、僕に話しかける用件なんて、それくらいしかないか。
「じゃあさ、北信越ロケッツに今年育成で入団した、杉森圭吾のことも当然知ってるよね?」
……。
「も、もちろん」
「あの人、すごくいい選手だよね? 活躍できるかな?」
……。
「さ、さあ? どうかな。どの選手もみんな、プロのスカウトに力があって結果を残せるに違いないと判断されて、ドラフトで指名されたわけだからね。活躍できるか断言まではできかねるよ」
「そう……」
勝間は残念そうな顔になった。
「どうして、北信越ロケッツなんて人気がない球団の、それも育成の選手なんかに、そんなに関心があるの? 知り合いとか?」
「うん、まあね。って言っても、全然深い関係じゃないんだ。向こうは私のことなんてまったく知らない」
「んん?」
何だ、そりゃ。
「私のお姉ちゃんの高校時代の彼氏が野球部で、その人と対戦したことがあって、私もお姉ちゃんと試合を観にいったんだ。打つほうでも守るほうでも大活躍だったし、それとは関係なしに、すごく目立ってて。だから、ドラフトで指名されて、お姉ちゃんから『ほら、あの人だよ』って教えてもらって、すぐにわかったの。観戦した試合のときは普通に野球が上手だなって感想だけだったけど、改めて見たら、なんかいい感じ、私のタイプかも、って思ってさ」
……やっぱりか。
僕を見てたなんて、興味なんかあるわけないし、どうせそんな話の展開が待ち受けていると思った。
だいいち、向こうが認識してないんなら、それは知り合いじゃないだろう。こいつ、天然か?
「活躍できるかはわからなくても、あなたもいい選手だと思わない?」
まだ訊くか……。
「まあ、うん、いいんじゃないのかなあ……」
「だよねー」
勝間は満面の笑みになった。
そしてほどなく、僕たちは別れた。
本当はそんな選手ちっとも知らないけれど、プロ野球マニアのプライドが邪魔して言えなかった。
いくら僕でも、ロケッツの育成なんてわかるかよ。だいたい僕が詳しいのはプロ野球で、アマチュアの情報は疎いくらいなんだから。プロでの実績がない奴のことについて質問されても困る。




