所属チームの監督の娘の話③
「お父さん、娘の私が言うのもあれだけど、不器用な人なんだと思うよ。それを自分でわかってるから、決めたことは徹底するようにしてるんでしょ? 家で野球の話を一切しなかったのもそうだろうし、お母さんから聞いてたけど、普通にバッターで成功できないと判断して守備や走塁を頑張るのに集中したのも、きっとそう。ブレずにやり抜いて立派だよ。おかげで私も、プロ野球関係者の子どもというので不快な思いをしなかったし、経済的に困る生活をすることもなかった。でも、もうすぐ還暦じゃん。いいかげん、少しくらい気楽に、自由に思うがままやってもいいんじゃない? 今のお父さんのやり方だと、誰も野球は楽しいってならないでしょ。『楽しいものであるべきだ』って信念が強過ぎて、お父さん自身が全然楽しんでないもん。せっかくもう一度監督っていうすごい立場を手に入れて、しかも今回はほとんど好きなようにできるんでしょ? 家計の心配はもうしないでほぼ大丈夫なんだし、今まで真面目に生きてきたご褒美だと思ってさ。この状態のまま、良くない成績で解任されたら、私がずっとお父さんに悪いことをしたっていう罪の意識を抱えて生きていくことになっちゃうんだよ。楽しく野球をやりながら、勝利も精一杯目指して。ね? お願いします」
そして頭を下げた。
「うーん……」
お父さんは困惑している感じだった。
けれども、ただ困っているというのではなく、真剣に考えたようで、こうした答えが返ってきた。
「わかったよ。確かに、やはり試合で勝利したい。それに、優勝だってな。選手は自分の成績が良かったらという部分もあるが、監督はチームの勝ち負けがほとんどすべてなんだし」
「ほんと?」
「ああ。お前が言った通り、私が楽しんでないからみんなも楽しくならないのだろうけれど、勝利を目指すことこそが、私が楽しくなれる方法なのだと気づいたよ」
「そうそう! そうだよ」
「とはいっても、プロ野球は楽しみながら勝つのが簡単にできるほど生易しい世界ではないことは、選手時代から自分以上にわかっている人間はいないんじゃないかというくらいに私は身にしみているんだ。でも、そうだな。もう今回がユニフォームにそでを通すラストの可能性が大なんだから、最後くらい好きに思いきりやるかな」
「うん!」
やったー。
「今回は前のときほど勝たなければいけないという切迫感が自分の中にないから、できる気になってきたよ。ただし——」
「ん?」
なに?
「その結果が、断トツの最下位だとか、目も当てられないくらいひどいものだったとしても、勘弁してくれよ」
晴れやかな表情になったお父さんが、珍しく冗談っぽい口調で言った。
「フフッ。ぜーんぜん問題ない。『やっぱり私のお父さんって不器用な人なんだなー』って思うだけだよ」




