所属チームの監督の娘の話②
まさか私にケンカを吹っかけるようなことをするはずはないし、断るのもなんだし、でOKしたものの、「私に話?」「何だろう?」と緊張しながら対面した。
とても感じの良い人で、それほど歳がいっていない、なのでそこまで自分と年齢が離れていない、同性の女性だったのもあるだろう、早い段階で落ち着けた私は、彼女から疑問の解消になる内容を聞くことができたのだった。
現在一人暮らしをしている私は、後日、実家に足を運んだ。
「お父さん、おかえりなさい」
試合を終えて、球場から帰ってきた父に、リビングにいる私は声をかけた。お父さんは現在単身赴任をしているが、相手のホームスタジアムが近い場合、ホテルではなく自宅へ来るのである。
「何だ。来てたのか」
野球のことを家庭に持ち込まないお父さんは、この日も勝負の世界にいるなんてちっとも感じさせない、まるで遊びでやるゴルフでもしてきて、ちょっと疲れたなといった様子だった。
「うん。あのさ、話があるんだけど、いい?」
「え?」
お父さんは軽く驚いて、身構える感じになった。たまたま私が実家に寄っていたのではないというので意表をつかれた格好になったのもあろうけども、それ以上に、大概の娘は父親に対してそうじゃないかと思うが、私がこんなふうに会話を持ちかけることはめったにないからだ。
「彼氏でもできたのか?」
そうくると思った。
「違う。野球のことで」
「野球? お前が野球の話?」
お父さんは目を丸くした。
「そうだよ」
「……まあ、いいや。じゃあ、やることを済ませたらな」
「うん」
そして少し経って戻ってきて、向かいに腰を下ろした戸惑い気味のお父さんに、私は話し始めた。
「ロケッツ、あまり勝ててないよね?」
「ん? ああ……」
お父さんは、そんなことを口にするなんて、どう返事をすればいいのやら、といった表情をしている。
「それって、私のせいなの?」
「え? なんで……誰かがお前にそんなふうに言ったのか?」
「うん。そう」
私はうなずいた。
「誰だよ? いるんだよな、結婚した選手の成績が下がったら、妻が良くないからだとか、そういうことをぬかす人間が。許せんな、馬鹿馬鹿しい」
「遠島さん」
「とお……ああ。本当に彼女がそんな発言を?」
父は疑った顔つきで訊いた。
「『あなたが悪い』なんて言われたわけじゃないよ。責められなんかしていない。話を整理して、突き詰めると、そうなるだろうってこと。選手たちに話したんでしょ? 前の監督時代に、私がお父さんを怖がったから、勝つ意欲を失ったんだって。それについて聞いたの」
「そうか……」
また口ごもった父は、しぼりだすように言葉を発した。
「……しかし、お前のせいというのは間違ってるぞ。あのときの私を見れば、子どもは誰でも恐怖を感じる。自分が勝手に、とにかく勝利をつかみ取るんだという執念をなくしたってだけだ」
「でも、私、責任感じちゃうよ。そんなやる気が見えない監督じゃ、選手の人たちがかわいそうだし、お父さんだって、楽しむのも大事だとしても、やっぱり勝ちたいんじゃないの?」
「……それは……」
「お父さんならできるよ。楽しくプレーしながら、同時に、試合に勝利することだって。だってさ、前の監督のとき、チームをリーグ二連覇、それに、日本一にもさせたんでしょ?」
お父さんは眉間にしわを寄せた。
「そんなに甘いものじゃないんだよ。日本の国技と言ってもいいくらいのスポーツである野球の、一番上のクラスなんだぞ。大げさじゃなく死に物狂いでやって、どうにかできたことなんだ」
私は一呼吸おいて、再び口を開いた。




