所属チームの監督の娘の話①
私のお父さんは元プロ野球の選手で、監督経験もある。聞くところによると、監督を任されるのは、プロ野球の選手になれるのでも狭き門なのに、さらに一握りの人だけで、すごいことらしい。だというのに、選手の時代はまだ生まれていなかったから当然なのだが、その監督をやっていたときの記憶も、そこまで幼くはなかったにもかかわらず、私にはない。
父は、家の中には野球のことを一切持ち込まない人なのだ。それは、私が女で、野球の話なんてされてもつまらないだろうとの考えでなのか、ケジメをつけるじゃないが、仕事と家庭は別のものだからという意識でなのか、理由を尋ねたことがなかったのでわからない。
私からお父さんに野球について質問したり話していれば、まったく違った環境になったかもしれないけれど、ともかく、自分の感覚としては一般的なサラリーマンの一家とそんなに変わらない生活をして成長したのだった。そんな馬鹿ななどと言われるときがあるが、本当である。
そういうわけで、学校でごくたまに熱心な野球好きの男のコから羨望の眼差しといった視線を注がれることはあったけれども、私が野球に触れる機会はほとんどなかったし、自ら興味を抱くこともなかったので、たとえ質問されたりしてもちんぷんかんぷんでまったく言葉を返すことができなかったのと、お父さんは地味な存在だからじゃないだろうか、子どもの頃は良くも悪くも私に父親や野球に関して直接何か言ってくる人はいないに等しかった。
それが、高校でかっこいいなと思ったスポーツ万能の男の先輩が、私の父が仁科雄造だと知ると、大げさではなく衝撃を受けた表情になり、何もわかっていない私に、いかにお父さんがすごい人物なのかを延々語り、その態度に対してこっちも負けず劣らずびっくりするという出来事に遭遇した。
さらに、一昨年行われた国際大会のWBCが日本じゅうでものすごく盛り上がって、野球が人気のスポーツなことくらいはもちろんわかっていたが、こんなにもなんだと、そこでも驚いた。
そうして、今更ながらではあるけれども、なんとなく関心がわいてきたという心理状態になっていたなかで今年、お父さんは再び、私にとっては実質初めてと言って差しつかえない、プロ野球チームの監督に就任したのである。期待していたわけじゃないから、情報を隈なくチェックなどしていなかったので正確ではないかもしれないが、私の知る限り、最近、監督が辞めるチームの次の人の候補として名前が挙がっていたといった、予兆はまるでなかったというのに。
過去に務めた二年ともにリーグ優勝、そのうち一回は日本一をも成し遂げたお父さんが、弱くて、とりわけ近年の低迷ぶりは目を覆うばかりらしい、今回監督を任された北信越ロケッツを、どう立て直すのかと、シーズン前の選手の移籍に関するゴタゴタは別にすると、相変わらず目立たないお父さんがスポーツニュースで毎日欠かさず取り上げられるほど騒がれはしないものの、ネットで調べると、コアな野球ファンとか、注目している人は少なくないようだし、私もすごいものを目の当たりにできるんじゃないかと密かにワクワクしていた。
ところが、いざ公式戦が始まったら、全然たいしたことはなく、チームの成績は昨年までとほとんど変化していない。まだ試合はたくさん残っているし、いくらなんでも最初から勝ちまくるみたいな、そんな簡単にはいかないのだろうなとも思っていた。でも、ちょっとがっかりした。
それに、勝てないから批判があるのはしょうがないけれど、「仁科はやる気があるのか? 選手もだが、監督に一番闘争心が感じられない」とか、「前のときの仁科はこんなんじゃなかった。闘将というタイプではないにしても、試合中のあいつの目つきの鋭さは半端じゃなかった。あの体たらくは、もしかしてあいつもフロントと揉めてるんじゃないか?」などの違和感を指摘する書き込みも多いようなのだ。くり返しになるが前回の監督のときを知らない状態の私には、これらのコメントの是非を判断できないし、野球の話をすることがなかったのに、今の苦しい状況のお父さんに「何かあったの?」と問いかけたりするのはどうなのかと、何もわからないわ、どうにも動けないわというので、モヤモヤしていた。
そんなある日だ。述べたようにお父さんと関係が悪いのではとの噂もある球団のフロントの、遠島さんという方に話をしたいと言われたのは。




