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所属チームの選手会長の話④

 それで、選手全員を集め、最終の前のすべての打席を棒に振ってまで、勝利のためにやってくれた、杉森の行為について話した。

「そうだったのか」

「やるじゃねえか、新人」

 称賛の声が次々飛んできたが、こうした反応もあった。

「でも、杉森は、どれだけ打率が下がっても、スタメンを外される心配がないわけだからな」

 おいおい、子どもみたいなことを言うなよ。まあ、気持ちはわからなくもないけれど、杉森だってつらい立場であるのくらいわかるだろう。なのに、チームのためにやってくれたんだぜ。

 俺がそういった反論の言葉を発すべきところだったが、すぐに石黒さんが口を開いてくれた。

「しかし、あまり打てていなかった杉森に対して、寛容的だった観客からの視線がだんだんと厳しくなっていたじゃないか。みんな、自分がルーキーで同じ状況だったら、チームの勝ち負けよりも、とにかく一打席も無駄にせずに己の結果を出そうとしたんじゃないか?」

「……確かにそうですね」

「言われなくても気づけよ、そんなもん」

 石黒さんが指摘したように、結果がいまいちだった杉森に、ファンの多くは、新人なのだし、起用している監督が悪いと考えていただろうけれども、野球に詳しくない人もいたりで、全員がそう判断してくれるわけでは当然ない。杉森本人に向かっての批判やヤジも目につくようになっていたのである。そんななか明るくプレーしていただけでも立派だなと思うが、加えて今回の起死回生の同点ホームランだ。ケチをつけるほうがおかしいに決まっている。

「それに、今日だけじゃないだろ?」

 石黒さんは続けた。

「え?」

 俺たちがそう声を漏らすと、杉森が言った。

「はい。バレてましたか」

「どういう……」

 俺が疑問を口にしかけると、石黒さんが説明した。

「この前のエレファンツ戦の竹内に抑えられた試合で、八回に杉森はヒットを打ったが、あのときも同じように前の数打席でストレートにまったくタイミングが合ってないように装って空振りをしておいて、竹内が三振を取ろうと投げてきた直球を見事に打ち返したんだ」

「ええ!」

 またみんなびっくりした。

 その試合は、竹内というやはり力がある敵チームの先発ピッチャー相手に得点できずに七回までで一対〇だったけれど、八回に同点に追いつき、ランナー一塁の場面で、確かに杉森は短打ではあったが完全に捕らえた当たりを放って、チャンスを作った。しかし後が続かず、九回にこちらが二点を失い、三対一で敗れたのだ。

 あのとき杉森がヒットにした球種がストレートだったかまでは覚えていない。ただ、それまでさっぱり駄目だったのが、あの打席は本当に綺麗に打ち返したから、印象に残っている。

「今日と似た展開で、できればホームラン、あるいは一塁ランナーが還ってこられるくらいの当たりの長打を打ちたかったんですが、打球が上がらず、逆転できずに、悔しかったですけどね」

「……」

 誰も言葉が出てこない状況を、陽気なキャラクターの大平という男が、杉森に軽くヘッドロックをして壊した。

「やっぱりすごいぜ、杉森。このー」

「いてて。ありがとうございます」

 すると石黒さんが再び全員に声をかけた。

「ルーキーに頼ってばかりじゃ情けないぞ。今日をきっかけに、反転攻勢といこうじゃないか。監督は別に俺たちの足を引っ張ろうとしてるんじゃないし、試合をやるのは俺たちなんだ。ベンチのことは気にせずに、グラウンドで目の前の相手を倒して、勝ちを積み重ねればいいだけの話だ」

 そして最後に気合いのこもった一言を放った。

「やろうぜ、みんな!」

「……はい!」

「おう! やったるぜ!」

「そうだ、今までのうっぷんを全部、試合でぶつけてやる!」

 石黒さんは熱血漢といった人ではない。俺同様にリーダーなんかごめんだと拒否し、黙々と自分の仕事だけをするようなタイプだ。それなのにという効果も大きかっただろう、すこぶる盛り上がった。

 どうしてこうした振る舞いをしてくれたのだろう? まさか、俺が頼りなくて、見るに見かねて助けてくれたというわけではあるまい。それほど杉森の奮闘に感化されたってことか?

「石黒さん、ありがとうございました」

 少し経って、二人きりの状態で、俺はそうお礼を述べた。

「ん? ああ」

 いつもの寡黙な石黒さんに戻ったという感じで、そっけないと表現したくなる軽い返事だった。

「選手会長ですんで、俺がああいうふうに、良いムードになるようにしたかったんですけど」

「そんなの、誰がやったっていい。気にするな」

「はい」

 頭を下げ、俺は離れかけた。

「あ、そうだ」

 石黒さんはつぶやくと、再びこっちに向かってしゃべった。

「できることなら、まだあるぞ」

「え?」

「遠島さん、彼女と話すんだよ」

「……はあ」

 何を言わんとしているのかわからず、そのとき俺の頭の中に浮かんだのはクエスチョンマークだった。


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