所属チームの選手会長の話②
名門球団である東京アローズとの、俺たちのホーム球場での、ナイトゲームによる一戦だ。
相手の先発投手は、過去に何度も、そして一昨年と去年の二年連続で、二桁の勝利を記録している、エース格の岸本。細身で、腕をムチのように使い、パワーピッチャーではないけれど百五十五キロも計測したしたことがある速いストレートと、スイーパーと言っていいんじゃないかというくらい鋭く曲がるスライダーが武器だ。ひょうひょうと投げるサマが小憎たらしい。
岸本は右投げで、特に右バッターが、外角に逃げていく決め球のスライダーに手も足も出ないで、大量に三振を献上する状態に毎度なってしまう。前回の対戦は、彼が投じた七イニングをほぼ完璧に抑え込まれてホームを踏めず、四対〇のスコアでそのまま完封負けを喫した。
この日も、うちの投手たちが頑張って失点を最少の一でとどめていたものの、俺を含む肝心の打撃陣が、八回終了時点で、またしても得点できなかったうえに、ヒットを全員でたったの一本しか打てず、出塁もその一度きりという、前の試合を超えるお粗末さ。アローズはリリーフピッチャーも優れているが、そんなに球数がいっていないのと、僅差ゆえ交代しないほうがいいと向こうの監督は判断したのだろう、岸本が九回もマウンドに上がった。
セカンドゴロとキャッチャーフライの、五、六球程度で簡単にツーアウト。一対〇での最終イニングという緊張感をまったく漂わせない、八回までと寸分たがわぬ余裕がある印象の岸本のピッチングを前に、チームの士気を上げるために声を出すべきだけれど、俺たちのベンチ内は静まり返った。また、ホームグラウンドだから、観客がいっぱいでなくとも、攻撃のときは大きくなる観客の応援まで意気消沈してしまって聞こえなくなり、席を立って帰っていく人もあちこちで見られる「ジ・エンド」な状況で、次の打者の杉森はバッターボックスに入った。
岸本は初球から必殺のスライダーを投げてきた。対する杉森は、外角に遠ざかっていくボールに必死に食らいつき、一塁線へのまあまあの当たりのファウルを放ったが、これが精一杯といったところだろうと、ヒットを打つ期待をしていなかったのは俺だけではないはずだ。
そして、二球目。デッドボールになって同点のランナーを出すのを嫌ったのもあるに違いない、精密なコントロールの岸本にしては、コースが真ん中寄りでかなり甘かった、とはいえ、球威はまだ十分あった、内角へのストレートを、杉森はレフトスタンドに放り込んだのだ。それも、ギリギリではなく、スタンド中段に突き刺さる、でかいホームランである。
一瞬、何が起きたかわからなかった。
「え」
俺たちロケッツの面々、席を離れたりせずグラウンドに視線を向け続けていた観客、アローズの監督や守りについている野手、マウンドの岸本、全員がその一言だけ口にして呆気に取られた、そんな感じで、それまでの勝敗が決まった雰囲気によるものとは種類の違う静寂に包まれた後だ。
「ワーッ!」
この試合の勝利を諦めてスタジアムから出ていった人々によって、観ていたファンは一層少なくなっていたのに、客席から割れんばかりの大歓声が注がれたのだ。アローズ側からの悲鳴も混じっていたかもしれない。俺にとってもう長年と言っていい期間プレーしているスタジアムだが、ここの球場でこんな体験をしたのは初めてじゃないかというくらいにすさまじかった。
「うおー!」
「本当かよ!」
俺らロケッツのベンチも当然興奮のるつぼと化した。
そうして点差以上に劣勢というムードだった暗い空気が一掃し、反対に押せ押せとなって、延長の十回裏に、このイニングから登板の、本来は岸本と遜色ない手強さである、相手の抑え投手からすぐさまチャンスをつくって、サヨナラ犠牲フライで勝利をつかんだのだ。




