所属チームの選手会長の話①
俺は昔から、リーダーとか、人の先頭に立つ役割が好きじゃなかった。とりわけ、好きな野球に関してはプレーに集中し、他のことで頭を悩ませたくない気持ちが強い。だから、学生時代に幾度かあった野球部のキャプテンを任されそうになったときは必死に理由を作って、どうにか回避してきた。そんなところに頭を使わないで、もっと勉強で使えと、親から呆れられたものだ。
そして、現在所属している北信越ロケッツに入団して十年近くになり、ゴールデングラブ賞を獲るなど実績から考えても、選手会長は自分の番となった数年前も頭を下げて断ったのだけれども、そのため代わりに引き受けてくれて前の会長だった、早坂さんという人が大ケガを負って治療に専念するので辞める運びになり、「今度こそお前だ。いい歳して駄々をこねるんじゃない」と上の人たちに叱られて、今シーズン前にとうとうその座に就くことになってしまった。しかも、親会社と監督の交代という環境の変化があり、開幕前にちょっとした騒ぎがありと、今まで逃げてきた罰なのかと問いたくなる面倒な船出となった。
そのうえ、さらに、という今回の出来事だ。もし監督が「自分は試合に勝とうという気持ちはわずかばかりもない」と宣言するくらいにひどかったならば、逆に俺たち選手は、「ふざけるんじゃねえ!」と闘志がわいて、「勝ちを獲りにいくのはもちろん、こうなったら優勝までしてやろうじゃねえか!」と団結して、と良い方向に進んだ可能性が高かったんじゃないかと思うが、「勝つ気はあるけれども優先順位は下がる」という、なんとも中途半端なスタンスの吐露の影響により、みんなフワフワしたような状態でプレーしている。
もちろん熱心に応援してくれるファンがいるし、俺たち自身生活が懸かっているのだ。人気は低くとも大勢の人から見られる、社会的な責任が大きいプロ野球のプレイヤーとしても、単純に仕事としても、手を抜いていいわけはなく、でき得る限り頑張っているものの、シーズン入りたての時期に好調だった選手たちまでも、気持ちが乗っていないのは明らかだ。
だが、そんななか一人生き生きと動き回っているメンバーがいる。今回の騒動の中心人物と言っていい、新人の杉森である。
通常、最も動揺して、やる気を失っていいはずだ。何しろ、人を楽しませるプレーができるから監督は試合で使っている、要は「お前は客寄せパンダだ」と言われたのと大差はないのだから。
「お前、あんなことがあったのに、よく変わらず元気にプレーできるな」
練習中に、俺はそう話しかけた。
「ハハハ。ほんと、監督のあの話は何なんだって思いますよね」
話す態度も朗らかだ。
「でも俺、監督と近い考え方なんですよ。ただ勝てばいいとは思っていない、自分も観ている人も楽しいと思えるようにしたい、特にプロは観客からお金をいただいているんだから、という具合に。でも、やっぱり勝ちもしたいですし、ファンだって勝利を望んでいるのであって、難しいですよね。とにかく、悩んでも何かが良くなるわけじゃないし、自分ができることをやるしかないかな、と」
杉森の明るい態度はチームに心地よい風を送り込んでくれたようで、俺たちも完全に気持ちが切れることはなく試合に臨めたのだ。反対に「能天気な奴だ」と冷ややかな雰囲気を招いてもおかしくはなかったが、それほど壮快なプレーぶりだった。ルーキーなのに、みんなを引っ張る格好になったわけだ。えらいやっちゃ。俺なんかよりずっとリーダーらしい。
そしてこいつが、精神面だけじゃなく、結果でも存在を見せつけるときが訪れたのである。




