所属チームの監督の話③
この男がいればそれだけで、私の指導では狙い通りに運ばない可能性がある理想とする野球を、体現できるかもしれない。なんという幸運だろうか。即刻、獲るように強く頼んだ。
球団側はなぜそんなに彼が欲しいのか理解に苦しんだようだが、私の希望は採用するというので話はついていたから、「他のチームが名前を呼ぶことはないでしょうから育成で。それだけはお許しください」との条件で了解を得た。大丈夫だろうと私も考えていたけれども、いざ獲得が決まった際は、今回の監督を引き受ける目的が達成できたかのような安堵感に包まれた。
もちろんプレーが魅力的でありさえすればいいはずはなく、実力がプロの基準に達しているかを確認するため、ファームでコーチに見てもらった、実際の杉森は、資料に劣らない、それ以上と言えるとの報告を受け、私もしっかりとチェックした。なので、目先の試合での結果はほとんど参考にすることなしに、育成から支配下、そして一軍へと、昇格させたのだ。
だから、私が今回の監督をやる意味を具現化したような存在の彼を、たとえなかなか結果が伴わないとしても、望むプレーをしている以上、試合で使い続けるのは、言うなれば当たり前のことなのである。
「——と、まあ、こういうわけだ」
話をしていたミーティングの場が静まり返った。
その静寂を、私に疑問を呈した石黒が破った。
「つまり、監督は試合に勝つ気はないのですか?」
「いいや、むろん勝利は目指す。勝ち負けはスポーツの醍醐味であって、それを完全に否定するのは無理がある。だいいち、勝とうとしなければ、ハイレベルなプロでは特に、まともな試合になるまい。しかし、優先順位が一番ではないということだ。くり返しになるけれども、勝利至上主義、結果を過度に追い求めることは、さまざまな好ましくない問題を引き起こす。プロセス、中身が重要なのだ。これまで何度も言ってきただろう? 『きみたちは幼き日に夢見たのであろうプロ野球選手になれたのだから、思いきり楽しんでプレーしなさい』と。それによって観ている人たちも笑顔に、もっと言うなら、大げさかもしれないが、幸せにだってできるに違いない。杉森が手本ではないが、何よりも実行してほしいと思っているのはそういうことだ」
石黒から言葉が返ってくる様子はなく、私は続けた。
「もし私の考えが受け入れられず、ここでプレーすることはできない、なのでチームを移りたいという者がいれば、遠慮なく申しでてくれて構わない。球団にトレードに出すよう進言しよう。なにしろ私の要望は最大限配慮されるから、叶う確率は相当に高いのだからね」
口を開かない石黒だけでなく、変わらず沈黙している部屋は、なんともいえない不穏な空気に満たされた。
こんな状態の選手たちに、観客や世間の人々を楽しませるプレーなど期待できないだろう。
まあ、仕方がない。彼らはバカではない。今、正直に話さなかったとしても、いずれ私の気持ちは明るみになったはずだ。早いうちにはっきりさせたほうが、とにかく勝つことにまい進したいからチームを変わりたいという者の希望が通りやすいなど、ゴタゴタが少なくて済む。良かっただろう。
個人的な思いで、なりたくても簡単になれるものじゃない監督という要職を引き受けた罰だ。それでも一度決めた以上は信念を貫くが、散々な成績で、追放されるようにして、私はプロ野球界から去る羽目になるであろう。




