小中学生時代の友人の話①
「杉森くん、すげーよな。僕もあんなふうにホームランを打ちたいよー」
所属している野球チームが行った試合が終わって、みんなで帰っているなかで、僕は言った。
「ハハハ。いっぱい練習するんだね」
杉森くんは笑顔で返した。
野球がとても上手いうえに、威張ったり怖かったりしない、さわやかな善い人で、彼は僕の憧れの存在だ。
「練習なんてたかが知れてるよ。才能だろ、才能。杉森、おじさんもおばさんも野球やソフトの一流選手で、サラブレットじゃんか」
別のコがそう口にした。
「そう言われちゃうとなー」
困っちゃうなという愛嬌たっぷりな表情を杉森くんはした。
杉森くんのお父さんは甲子園での全国大会にレギュラーで出場した元高校球児、お母さんはオリンピックの日本代表候補にまでなった元ソフトボールの選手だ。別に彼自身が自慢したのではなく、誰だったかが仕入れてきて広まった情報である。それに加え、僕らが小学二年生のときに日本がWBCで優勝して、国じゅうが盛り上がるほどの素晴らしいプレーの数々を目の当たりにしたのだから、彼が野球を始めないほうがどうかしているという環境だった。
ただ、ご両親は杉森くんに野球をやるよう強制したり、英才教育を施したりすることはなく、本人の意思に任せたようだ。だからこそ、引っ越しをして今は二チーム目らしいけれど、どちらも通いやすかったり仲の良いコがいたりしたからじゃないだろうか、メンバーは近くに住む子どもばかりの、強豪でもなんでもない少年野球チームに入って、下手くそな僕なんかが一緒のユニフォームを着られたのである。
杉森くんは確かにサラブレットで、生まれ持った能力も多分、いや、絶対にあると僕も思う。背は高めで、パワーもスピードも最初から高いレベルにあった感じのフィジカル面においても。
でも、練習も相当やっているのをみんな見ていたし、明らかにバッティングの技術が向上したりだとか、良い成績はそれなしではあり得ないのはわかっていた。しかも、その目にしていた彼の十分過ぎる努力が一部でしかなかった事実を、僕らは後に知ることになるのだった。
「それよか、圭吾」
甲地くんというコが話しかけた。
「ん?」
「なんでお前、午前中のキャプテン決めのとき、手を挙げなかったんだ? 別に嫌じゃなかったんだろ? どうせお前になるんだから、とっとと名乗りをあげちゃえばよかったのに」
同感だ。
うちのチームでは、新年度に就任する新たなキャプテンを、選手の子どもたちで決めるようになっているのだ。大人は議長役か見守るかでよっぽどの場合以外は口を出さないなか、立候補や推薦などを経て、話し合いや多数決で決定するのである。杉森くんはプレイヤーとして最も優れているだけでなく、メンバーみんなに好かれていたので、新キャプテンは彼だというのは言わずもがなだった。
杉森くんは、だいたいいつもそうで、トレードマークと言っていい、感じの良い微笑みを浮かべて答えた。
「嫌じゃなかったけど、やりたい人がいるかもしれなかったから、だったら譲って全然構わなかったし、それに、黙って乗り気じゃない雰囲気でいても、お前がふさわしいって選んでもらえないようじゃ、キャプテンをやる器じゃないと思って、みんなの気持ちを確かめたかったんだ」
そんな確認なんて必要ないのに。
実際、やっぱりみんなに求められて、彼はキャプテンになったのである。