表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

私達のそれは愛ではなかった

作者: 木山花名美

挿絵(By みてみん)


※ 死の描写があります。

 

 物心が付いた時から、私達はとても近い存在だった。

 父親同士が貴族学院時代の親友、母親同士は遠縁に当たる為、しょっ中屋敷を行き来していたから。


 両親達が狩りを楽しんだり、お茶を飲みながらお喋りに花を咲かせている間、私達はよく一緒にいた。

 特に何を話すでも遊ぶでもなく、ただ一緒にいた。

 はしゃぐこともなければ、喧嘩もない。両親から帰ると告げられるまで、それぞれ本を読んだり、おやつを食べたりして大人しく過ごしていた。


 同い年の男女。

 成長する内に何かが芽生えれば……と両親達は期待していたらしい。けれども、そんな恋愛小説みたいな関係にはならなかった。


 幼い時から少しも変わらない。

 ただ当たり前に一緒にいるだけ。

 私達のそれは愛ではないと、いつからか両親達は諦めたようだ。



 十六歳の時、たった一度だけ、変化があった。

 熱いお茶をうっかり飲んでしまった私の唇に、彼のそれが重なったのだ。

 彼は氷の浮かんだアイスティーを飲んでいたから。自分の唇で冷やそうと、咄嗟にそうしてしまったのだろう。


 冷たさに、すうっと引いていく痛み。あるのは物理的な心地好さだけで、それ以上は何も感じなかった。

 けれどせっかく重ねてみたのだ。若さゆえの好奇心から、互いに角度を変え、吐息の先をもう少し深く探ってみる。

 ……雨上がりの地面みたいに、柔らかく湿った口内。

 それでも何も感じることはなく、ゆっくりと離れていく。残ったのは、自分が飲んでいたものとは違う、茶葉の香りだけだった。

 向こうも全く同じことを思ったのだろう。何事もなかったかのように、黙ってアイスティーに視線を落としていた。



 十八になった年、私達はそれぞれ婚約した。

 彼は友人の妹と。私は夜会で心惹かれた人と。


 吐息がかかるだけでときめく胸。

 夫の唇は、いつかの彼とは全然違った。

 熱く、甘く、痺れる。

 これが恋であり、愛というものなのだろう。


 結婚してからしばらくは、人生で一番長い間、彼と離れていた。

 互いの子供が上手に喋れるようになった頃、彼の妻と、王室主催のバザーを通して偶然親しくなる。それをきっかけに、家族ぐるみでの付き合いが始まった。


 彼の妻は朗らかで行動的で、彼とも私とも真逆だ。そして私の夫も明るく豪快で、私とも彼とも真逆のタイプ。だから伴侶としても、友人としても惹かれ合ったのかもしれない。

 私達は互いの伴侶を通して、幼い頃よりもずっと沢山話をし、沢山笑い合った。


 誕生日、記念日、子供の祝い事、親の葬儀。

 二つの家族は、人生の色々な節目を共に過ごした。

 子供が巣立つと、四人で外国へ旅行したり、若い人達の為に様々なイベントを開いたりした。

 自由な心とは反対に、どんどん不自由になっていく身体。そんなもどかしさすら笑い合える、かけがえのない存在だった。



 数年後、最愛の夫が天に召された。

 覚悟はしていたのに、心がバラバラになる程寂しかった。

 その僅か一年後、最愛の親友も天に召された。

 老いた身体までバラバラになりそうだった。


 そして私達は、また二人になってしまった。

 幼い頃みたいに、何をするでも話すでもなく……

 ただ一緒にいた。

 その時が来るまで、ただ一緒にいた。



 先に召されたのは彼だった。

 私よりひと月先に生まれたのだから順番通り。

 何も問題はない。


 白い薔薇の中、彼の娘の手で紅を引かれた唇が、ぽっかりと浮かんでみえる。

 思い出されるのはいつかのキス。冷たかったキス。

 今はもっと冷たいのだろう。


 その瞬間、大きな悲しみが押し寄せた。



 私達のそれは愛ではなかった。

 確かに、愛 “ なんか ” ではなかった。


 私達の魂は二つで一つ。

 性別が違うだけの同じ形が、互いの器にピタッと嵌まってしまった……そう、残酷なパズルのように。

 片方の魂が生から離れたことで、初めてその喪失感に気付いたのだ。


 どこかで、ほんの少しだけでもずれていたら。

 それを愛と呼ぶことが出来たのだろうか。


 たとえばあの時、貴方の頬に触れて、冷たい唇を悪戯に噛んでいたら。貴方は私の熱を求め、力強く抱き締めてくれたのだろうか。

 足りない部分を補おうと、互いの魂を求めたのだろうか。


 悲しいのに心地好い。

 初めて出来た、この歪な隙間が愛おしい。


 ここを埋められるものは、もうどこにもないのだと。



 しとり……しとり。


 高い空から涙が降る。

 私を生に置き去りにした貴方も、初めて隙間に気付いてしまったのでしょうね。


 最初で最後の生温い(記憶)が、私の唇を懐かしく濡らした。



ありがとうございました。


* タイトル画作製・あき伽耶様 *

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
木山花名美の作品
新着更新順
総合ポイントの高い順
*バナー作成 コロン様
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ