待ちに待ったデビュタント
煌びやかな会場に豪華な衣装を身に着けた貴族が立ち並ぶ中、俺は一身に注目を集めていた。
理由は隣にいる男、賢者の称号を持つ王宮魔法使いアーサー・レントオールの存在と俺自身の醜聞によるものだろう。
そう、俺はデビュタントを迎える十五歳の身で盗賊に攫われ、すでにその身を汚された令嬢として侮蔑と同情の視線に晒されているのだ。
俺の身に何かあったかを想像して赤い顔で見つめる者や眉を顰める者、下心丸出しでニヤニヤ笑う者や嘲り笑う者と、それは多種多様な表情で見つめてくれている。
そうそう、そんな傷物の俺にアーサー・レントオールという類まれな才能と美貌を持つ男が婚約者としてエスコートしているのも気に食わないのだろう。
彼は本日は正装に身を包み、その美貌を惜しげもなくさらしている。魔法使いのローブでも隠し切れないその美貌を、俺と対になるようにラベンダー色の刺繍を施している白色の燕尾服という出で立ちは、眼福の一言である。
そんな美の化身である彼にエスコートされている穢れた俺。
令嬢やその親たちの視線は、憎しみや妬み、怒りに燃えている。
現実には綺麗な身である俺には、ここまでくると逆におかしくなってくる。
揶揄うようにニッコリと微笑んでやれば、周囲は一気にどよめく。
俺の視線にからめとられた令息は、その顔を真っ赤に染め動かなくなる。
ハッハッハッ、今の俺は究極の美少女、ネオセリーヌちゃんなのだ。
ここ数日、アクネ率いる侍女軍団の手で、俺は究極の美少女として作り上げられている。
マダムリンドールの傑作ドレスに身を包まれた俺は最早、芸術作品と言っても良い。
隣にいる美神の存在で相乗効果もマシマシだ。
ニヨニヨと笑う俺に、アレンが顔を近づけてくる。
「昔から周りの空気が悪ければ悪いほどセディは面白がっていたけれど、今もその悪癖は変わらないんだね」
「だって、おかしいじゃないか。勝手に想像して恨んだり憎んだりしてくるんだぞ。奴らには真実なんてどうでもいいんだ」
「セディって元来素直だけど、ねじ曲がっているところもあるよね」
「悪いか?」
「ううん。そんなセディを残しているセリーヌも好き」
とろけた顔で俺を見つめるアレンに、周囲から悲鳴が上がる。
アレンのそんな表情を初めて見たご婦人たちが、バタバタと倒れていく。
面白い。
俺はわざとアレンに擦り寄る。
俺のそんな行動を理解したアレンが、すぐに腰に手を回してきたので俺たちはピッタリと寄り添った。
そして仲睦まじい姿を見せつける。
真っ赤な顔で悲鳴を上げる者や真っ青な顔でプルプル震える者、渋面になる者や唖然と口を開く者と貴族のクセに素直な表情を見せる者たちに、笑いが止まらない。
俺を蔑んで嘲笑するつもりだった奴らを、少しは見返すことができただろうか?
流石はアレン。最高のパートナーだと見上げると、彼はとろけた笑みのまま俺だけを見つめていた。
んん?
まさかアレンは周囲を見返すために芝居していたのではなく、素でこれをやっていたとか?
本心から俺を愛しいと思っての行動だった、と?
そう思った瞬間、ボフッと顔が赤くなるのを感じた。
いや、待て待てアレン。
こんな所で、それは反則だ。
赤くなる俺に気付いたアレンは気分を良くしたのか、ギューっと抱きしめてくる。
流石にやり過ぎだと文句を言おうと口を開きかけた瞬間、長兄の呆れた声が聞こえてきた。
「おいおい、こんな所で大胆過ぎるぞ、お二人さん」
「……慎みを持ってください」
正装に身を包んだ長兄と次兄が俺の両隣に立つ。
ドヨンとした目を向ける次兄は、朗らかな長兄とは対照的だ。
美男が三人寄れば、否応無しに注目は浴びる。
周囲が俺たちの会話に耳を澄ませているのを感じながら、わざと大声を出す。
「大好きなお兄様と素敵な婚約者にお祝いしていただけるなんて、私は果報者ですね」
「可愛いセリーヌ、おめでとう。王都に来てから心無い令嬢たちに根も葉もない噂を流されたりもしたが、お前はくじけることなくこの日を迎えることができた。自信を持っていい」
「デビュタントおめでとう。君ほど心も体も綺麗な者を私は知らない。これでセリーヌも一人の淑女として扱われることになるけれど、いつまでも君は私の大切な妹だ」
「清廉潔白であることは、僕が一番わかっているからね。早くお嫁においで」
ウフフ、アハハと軽やかに会話する俺たちに周囲がざわつく。
三人に甘える俺に、嘘の噂で虐める令嬢がいたことを仄めかす長兄。身の潔白と兄妹仲の良さを匂わせる次兄に、結婚秒読みを言い切るアレン。
結婚前に傷付けられた令嬢に対しての対応とは違うと、首を傾げる周囲。
その中でも男性陣の言葉に一早く感付く者もいる。
嘘の噂を流して虐める令嬢がいた。清廉潔白。すぐにでも挙げられる婚姻。
これらはすなわち俺に対する誹謗中傷、そして汚された身ということ自体がデマである恐れがあるということ。
周囲の視線が少しずつ和らいでくる。
そんな中、王族の登場にファンファーレが鳴る。
国王夫妻とオクモンド様、エリザベート様にその下の弟王子オリアドル様とオリファス様が入場してくる。
本来なら弟王子二人は夜会には出席できない年齢ではあるが、デビュタントだけは特別で、王族の絶対参加が義務付けられている。
貴族の成人を王家が祝うというパフォーマンスだ。
王位継承権を放棄して公爵に降下するまでセディも出席していたな。
まあ、ヨハン兄上と共に隅の隅の隅まで追いやられていたから、貴族と混じってよくわからない場所にいたけど。
そして本日は、パートナーは必須ではない。
婚約者のいる者や家族と一緒の者もいるが、一人でも全く問題はない。
王族の子供たちはオクモンド様をはじめ、まだ婚約者を決めていないので皆独り身で出席している。
国王陛下の挨拶が終わり、爵位の高い者から一人ずつ王族に挨拶していく。
俺は田舎の伯爵位なので、割と後ろの方である。
一人で列に並ぼうとして、アレンがピッタリと寄り添って来るのに気が付いた。
「一人でも大丈夫だよ?」
「パートナーがいるなら一緒に挨拶してもいいんだよ。僕は未来のお婿さんなのだから、妻と一緒に挨拶するのは当然でしょう」
ニコニコと笑うアレンに、俺は仕方がないなと苦笑する。
令嬢たちは国王陛下に挨拶するも、視線は陛下の後ろにいるオクモンド様や弟王子に注がれている。
見初めてもらえないかと、期待した瞳で見つめているのだ。
令息も然り。エリザベート様に期待の眼差しを向けている。
が、四人ともアルカイックスマイルを浮かべたまま、ピクリとも反応しない。
ちょっと複雑な気持ちになる。
こんなことを言っては何だが、オクモンド様とエリザベート様が見初めるような方がいてくれると俺も安心するのだが、そう思うのは失礼なことだよな。
ふと、オクモンド様と目が合った。
かなり遠い位置にいるというのにジッと俺の方を見る彼にいたたまれなくなって、そっと視線を逸らすと、今度はエリザベート様がこちらを見ていることに気が付く。
その視線の先にはアレンだ。
なんか、もう、色々と複雑だ……。
そうして俺の番がやってきた。
紳士の礼を取るアレンとカーテシーを取る俺に、国王陛下が柔らかな表情になる。
「おめでとう、セリーヌ嬢。今宵は一段と美しいね」
親し気に俺を名前呼びして、美しいと褒める国王陛下。
途端に周囲がどよめく。
今までの令嬢は全て家名で呼び、容姿を褒めることなどしなかった陛下が、いきなり特別扱いをしたのだ。
動揺するなと言う方がおかしい。
俺もちょっと動揺している。
きっと俺の醜聞を聞いてフォローしようとしているのだろうが、これは逆効果だ。
ヨハン兄上、十五歳の小娘との距離感間違っています。
狼狽える俺を見ながらも、国王陛下はニコニコと笑っている。
そして隣にいる王妃様も一瞬、驚いた表情をしたが、すぐにアルカイックスマイルを浮かべて俺たちに語り掛けた。
「アーサー、彼女が貴方の婚約者なのね。とても可愛らしいお嬢様で、お似合いだわ」




