王女様の思想
一国の王女様をただの伯爵令嬢が馬鹿と言ってしまった。
それだけでも大変なことだというのに、興奮した俺の口はそれだけでは止まらなかった。
「アレンは俺のものだ! 何一つ理解していないお前になど、誰がやるか! アレンに心がないだと? 道を示してやらないといけないだと? どこを見てそんなくだらないことを、ほざいていやがる⁉ 脳ミソがない奴は引っ込んでろ!」
――はい、暴言という暴言を吐きつくしました。
暴言ところではなく女性言葉でも貴族言葉でもない。
伯爵令嬢が下町のゴロツキ化したのである。
シーンと静まり返る室内に、俺のゼイゼイという呼吸音だけが響き渡る。
セディを出しまくった俺が我に返ったのは、アレンのプハッという吹き出す声だった。
「ハハハ、そうだね、セリーヌ。僕は君のものだ。僕を何も理解していない人には引っ込んでいてもらいたいよね」
アハハと笑い続けるアレンに、エリザベート様も覚醒する。
「なっ、二人とも私を誰だと思っているの⁉ 特にセリーヌ様、貴方王族に対して不敬極まりないわ。それ相応の罰を覚悟してもらうわよ。この女を捕まえて!」
エリザベート様がヒステリックに叫び、護衛の騎士に俺を捕まえるよう命令した。
言い過ぎたとは思うものの、エリザベート様に反論したことは後悔していない。
あのままでは本当に王族の権力でねじ伏せようとするだろう。
国王陛下の築いたこの平和な世界で、そのようなことは二度としてはいけないのだ。
ともあれ言った言葉は確かに酷い。
俺は騎士に連れて行かれるのなら、抵抗はしないでおこうと覚悟を決めた。
だが、それをオクモンド様が冷静に制止する。
「やめろ! この件で二人を罰することは私が許さない。不敬極まりないのは、お前も一緒だろう、エリザ。セリーヌ嬢の言葉は、確かにキツイものではあったが、内容はお前の方が酷いものだ。アーサーを人として見ていなかったのか?」
オクモンド様の鋭い目つきに、エリザベート様はキョトンとする。
そして、心底わからないというように小首を傾げた。
「何を言っているの、お兄様? 私は魔法使いだからといって、差別などしていなかったわよ。ちゃんと対等に扱ってあげていたわ。同じテーブルでお茶を飲むことを許してあげたし、魔法使いが到底手に入らないようなプレゼントだってあげた。特別扱いしてあげていたのよ」
「その、あげたという言葉は何だ? それこそが差別だとわからないのか?」
理解しない妹に、兄であるオクモンド様が苛つく。
「違うわよ。私はお父様の代わりにアーサーを側に置いてあげると言っているのよ。王女である私が魔法使いのアーサーを伴侶に望んであげているの。それなのに差別などしている訳ないじゃない」
「いい加減にしろ。どうしてそんなに人を見下せるんだ? 本気で伴侶に望むのなら、ちゃんとアーサーを人として尊重するのが普通だろう」
「お兄様こそ、いい加減にしてちょうだい。王族は誰よりも尊いの。この国の頂点なのよ。見下しているんじゃなくて、本当に偉いのだから他者と一緒にする方がおかしいでしょう。それに魔法使いは誰かに使われてこそ価値が出るの。誰にも望まれない魔法使いなど、無価値よ。私はアーサーには無価値になってほしくないから、命令するの。私に従ってさえいれば、誰もアーサーを魔法使いと馬鹿にしたりしないわ」
本気でアレンのためだと信じているエリザベート様に、とうとうオクモンド様が口を閉ざしてしまった。
これは、旧王族派の思想だ。
魔法使いを物として見るのは当然だという考え。
旧王族派が魔法使いを戦争奴隷にしていたのと同様、エリザベート様はアレンを伴侶という名の奴隷にしようとしている。
自分の都合のいいように使い潰そうとしているのだ。
同じ両親の元、同じ境遇で同じように育ってきたはずなのに、まるで違う思考を持つ妹にオクモンド様が閉口してしまっている。
あまりにも酷い言いようにアレンが心配になった俺は慌てて振り返るが、半眼で心底呆れている表情ではあるが傷付いたそぶりはない。
ひとまずホッとした俺の様子に気付いたアレンが「ん?」と首を傾げたので、そのまま「大丈夫か?」と訊ねると「いつものことだからね」と返された。
なにぃ⁉ これが日常茶飯事だとぅ⁉
どうやらこの王女様は、長年にかけてうちの子を虐めていたらしい。
「魔法塔から出なかったのもこれが理由。面倒くさいでしょう」
アレンはただ面倒くさかったからと言うが、魔法塔に引きこもっていたのには、ちゃんと理由があったのだ。これは、かなり厄介な問題である。
反対にオクモンド様が今の今まで気付かなかったのも、アレンが引きこもっていたおかげで、その行動を見なくて済んだとも言える。
うちの子を引きこもりにしやがってぇ、と怒りのあまりフルフルと体が震えてしまう。
「エリザベート様、妹が大変なご無礼を。申し訳ございません」
エリザベート様の現王族とは到底思えない主張に部屋全体が固まっていたのだが、突然その空気を壊すように長兄が俺とアレンの前に立ち、エリザベート様に深々と頭を下げた。
大人の対応をする長兄に、怒っていた俺は少し冷静になる。
エリザベート様はオクモンド様から視線を逸らし、長兄を睨みつけた。
「王族を馬鹿にしたのよ。誤って済む問題ではないわ」
「十分、承知しております。罰はいかようにも。ただ一言だけ発言してもよろしいでしょうか?」
「何よ?」
長兄がこのような状況で、わざわざ発言の許可を取ってくるのをエリザベート様は訝し気な目で見つめる。
「国王陛下やオクモンド様の築いてきた素晴らしい思想を一つも理解していない貴方様は、現王族の一員とは思えません。もう一度、教育しなおしてもらった方がいいでしょう」
「え?」
一瞬呆けたエリザベート様だったが、長兄の言葉が嫌味な物だと気付いた瞬間、大声を上げた。
「ルドルフ様! 貴方の兄妹はどうなっているの⁉ こんな、こんな王族に対しての無礼、いくら田舎者でも見過ごすことはできないわよ!」
「そうですね、私も同感です」
エリザベート様のヒステリックに次兄が頷く。
次兄は味方だと気をよくしたエリザベート様が、何かを言おうとした瞬間、次兄がニッコリと笑った。
「国王陛下とオクモンド様が長年かけて取り組んできた政策を、王族であるエリザベート様がこれほど見事に理解していないとは思いもよりませんでした。我が兄上の仰る通り、教育を受けなおしてください」
キッパリと告げる次兄に、エリザベート様はあんぐりと口を開いた。
俺と長兄は田舎者だから話がわからないのだと憤っていた王女様であったが、長年王都で一緒に暮らしていた次兄まで、自分を否定してきたことに驚いているようだ。
固まっているエリザベート様に、オクモンド様が溜息を吐いた。
「エリザ、暫くの間、謹慎を言い渡す。コンウェル兄弟の言う通り、再教育だ」




