話をまとめよう
気まずい空気を作り出した俺が言うのもなんだが、このままでは埒が明かなさそうなので、婚約問題は一旦横に置いておいて、闇夜の蛇尾の話をしようと無理矢理本題に入らせることにした。
「闇夜の蛇尾のお頭に会ったのか?」
長兄がすぐに食いついた。
そうだよな、気になるよな。
「はい。似顔絵を描くと……こうなります」
俺は用意してもらった紙に、覚えている限りの特徴を描いてみる。
貴族風であったことや、眼鏡だったことなど。
俺の渾身の絵に皆が無言になる中、アレンが呟いた。
「……化け物?」
なにおぅ⁉
俺は立ち上がってポカスカとアレンを殴りに行く。
「い、いや、個性的な絵だと思う。特徴はちゃんと捉えているし、画家に書き直させれば大丈夫だろう」
オクモンド様がフォローしてくれるが、画家に書き直しと言っている時点で、それは使い物にならないと断言している。
シュンと落ち込む俺に、次兄が頭を撫でてきた。
「敵に囲まれて恐ろしい中、よくここまで相手の特徴を覚えていたね。偉いよ」
いつもと変わらず甘やかしてくる次兄に、苦笑する。
アレンのようにズバリと言われるのも辛いが、全てを受け入れてしまう次兄も辛い。
あんな理由で求婚を断った俺なんかに、優しくしないでくれ。
「しかし貴族風ということは、やはりそのお頭というのは貴族に囲われているのか、それとも……」
「彼自身が貴族であるということですね」
オクモンド様の言葉を次兄が引き継ぐ。
なんと⁉
まさかとは思うが、あのお頭自身が貴族であるという可能性があるのか⁉
俺は驚きながらも、その可能性がひどく的確であると感じる。
それならば貴族の仕事を請け負えたのも、彼だけ別行動をとっていることも納得できる。
そして王宮に、あのような建物の存在を隠し通せていたことも。
政治の中枢に関与できる者。
それこそが、あのお頭の正体かもしれない。
〔闇夜の蛇尾〕のお頭が貴族だと仮定した場合、数人の候補が次兄の口からあげられた。
「スフェラン侯爵、バードン伯爵、クワイエット子爵、カモリティ男爵……彼らは全員こげ茶色の髪で、旧王族派です。けれどバトラード公爵のように、目立った行動はとっていません。一見したところ現王族派と思われるような態度ですが、その実、国の大切な事案を決める際には、必ずと言っていいほど王族の意見に賛成しておりません。反対派か中立派に属し様子を見ています。バトラード公爵が派手に騒ぎ立てる分、彼らの存在は希薄になっているのが実情でしたが、それでも怪しいとされるには十分な者たちです。それに……」
次兄は一旦言葉を切って、俺を見つめた。
「この者たちの娘は全員、セリーヌをお茶会に誘っていました」
なんと⁉
二度目の驚きの声が出ました。
ここで俺をターゲットにしていた令嬢たちの父親だと判明したのだ。
「道理で聞いたことのある名前だと思いました」
「あんな奴らの名前まで憶えていたの? 偉いな、セリーヌは」
次兄の甘やかしが加速している気がする。
俺が何とも言えない表情をしている中で、長兄が「貴族年鑑くらい見なさい」とデコピンしてきた。
貴族年鑑にはその年の貴族の名前と爵位、それに当主の肖像画も載っているからだ。
うん、貴方の態度が一般的だと思います。
「王都に住んでいなかったら、なかなか無理だと思う。それよりも、各当主はそれなりの年齢だろう。セリーヌ嬢が会ったのは若い男だとの話だ。息子がいる家に絞られるのではないか?」
オクモンド様の指摘に長兄が頷くも、アレンが首を振った。
「そうとは限らないかもしれないよ。侯爵は年齢よりも若く見えるし、子爵は前当主が病気で亡くなり息子が継いだばかりだ」
「確かにそうだな。それにセリーヌ嬢が出会った際は、変装していた可能性もある。鬘や眼鏡などで若くも見える」
「そう考えると、候補が増えるのではありませんか?」
同意するオクモンド様に、長兄がせっかくあげた候補以外にも増える可能性を口にする。
「埒が明かないな」
「………………………………」
考え込む面々に俺は、はいっと手を上げる。
「顔を知っているのは私なので、私が怪しい奴ら片っ端から会ってみましょうか?」
「「「「却下!」」」」
全員の声が重なった。
「えー、なんでー?」
「なんでじゃない! 危険な目にあったばかりだというのに、まだ懲りないのか、お前は⁉」
全員を代表して長兄の雷が落ちた。
「流石に無謀過ぎるよ、セリーヌ」
「勇気があるのと無鉄砲は違うと思う」
「守るこちらの身にもなって」
次兄、オクモンド様、アレンの順で呆れた言葉を吐かれる。
ちぇっ、いい案だと思ったのになぁ~。
「捕らえた下っ端から、情報は得られないのですか?」
「まだ聴取の途中だけど多分、奴らは何も知らない。末端の末端で、言われたことだけをしていれば、お頭が養ってくれると言っていた。今まで奴の正体なんて気にもしなかったのだろうな」
言われてみれば、そうだ。
厨房に来た時も、急に料理を作れと言われたから作っていたようだった。
それからしても、その場その場で命令が出るから行動するといった雰囲気だ。
言うことを聞く分、自分で考えることを放棄しているのだろう。
俺はオクモンド様の言葉に頷いた。
「確かに。私を脱がす時だけは意欲的だったけれど、それ以外はポンコツでしたもんね」
思わず呟いた言葉に、全員の視線が突き刺さる。
「セリーヌ、脱がすってなんだ? そんな報告は受けていないぞ!」
あ、しまった。
俺は慌てて口を押えたが、時すでに遅し。
長兄を筆頭に、俺は詰め寄られる。
皆の顔があまりにも真剣だ。
俺はハハハと手を振りながら笑う。
「いやいや、未遂未遂。ちょっとヤバいなと思ったので、ちゃんとアレンを呼びましたよ」
「そういう不味い状況になって、初めて僕を呼んだってこと?」
「遅い! 遅過ぎるよ、セリーヌ」
「アーサーが間に合って、本当に良かった」
呆れるアレンに悲鳴を上げる次兄。オクモンド様に至っては両手を地面についてしまった。
「いやあ、服を脱がされたところでお頭が手は出すなと念押ししてたから、処女は守れたと思うんですよ。まあ、確かに不快ではあるだろうけど」
「そう言う問題じゃない!」
再び長兄の雷が落ちた。
それからはガミガミと長兄のお小言が始まった。
ところどころ次兄も加わり、アレンにはボソボソと抉られる言葉を発せられた。
オクモンド様はそんな様子を見ながら、たまに溜息を吐いている。
う~ん、乙女としてはやはりこの思考は間違っていたか、と少し反省する。
でも未遂だったからいいじゃんと口を尖らせそうになると、長兄に両頬をむにっと摘ままれる。
言うんじゃなかった……。
暫くしてから長兄が、ここは王宮で第一王子の執務室だということに気付いて、長過ぎるお小言を終了させた。
「無駄なお時間を取らせてしまい、申し訳ございません」
「いや、いいよ。これは大事なことだと思う」
長兄の謝罪に、オクモンド様は長兄の行動は当然だと頷いた。
味方は一人もいない。
しょんぼりする俺に、次兄が頭を撫でてくる。
やはり次兄は俺に甘い、と笑顔で顔を上げると「続きは帰ってからゆっくりね」と微笑まれた。
お怒りは深いようだ。
次兄の笑顔の圧に、俺は泣きそうになる。
「自業自得」と言うアレンに涙目で睨んでおく。
「話はそれたが、こちらで怪しい貴族をもう少し絞ってみよう。それから姿絵を用意するからセリーヌ嬢には、それで確認してもらう。それでいいかな?」
オクモンド様の言葉に、全員が頷く。
「それが一番いいでしょう」
「そうでもしないと、セリーヌが暴走するからね」
一言多いアレンに視線を向けると「セリーヌ嬢、頼むから大人しくしていて」とオクモンド様にまで念押しされた。
うん、泣いた。
執務室を出て、アレンに送られながら長兄と歩いていると、前方からエリザベート様が歩いて来た。
サーカスでのことを思い出し、気まずく思いながらも挨拶を交わす。
「思った以上に元気そうで安心したわ」
「ありがとうございます」
「もう帰るのでしょう? アーサー、送ったら私の部屋に来て」
「やだ」
「まだ勤務時間内でしょう。仕事よ」
「僕はエリザに仕えていない。業務外だ」
いつものやり取りが始まる。
エリザベート様は安心したと言う割には、言葉はそれだけでアレンに話しかけている。
彼女の気持ちがアレンにあるのはわかっているが、これほど露骨だと気分がいいものではない。
思わず眉間に皺が入る。
そんな俺に気付いたアレンが「行こう」と背中を押す。
「絶対に部屋に来なさいよ、アーサー」
「僕に命令したければ、ヨハンに許可をもらいなよ」
諦めないエリザベート様に、アレンも捨てセリフを吐く。
王女様の強すぎる押しに辟易しているようだ。
俺の肩を抱いてスタスタと歩くアレン。
チラリと後ろを振り返ると、エリザベート様がこちらを見ていた。
その目には憎悪が込められている。
エリザベート様……。
イザヴェリの件で仲良くなれるかと思っていたが、ある意味イザヴェリより面倒くさい相手だったようだ。
俺は大きな溜息を吐いて、王宮を後にしたのだった。




